魔物の国「シルバーケープ」の悲劇:アナザーストーリー(時系列11)
- DOYLE

- 2019年6月15日
- 読了時間: 7分
レミルメリカで最北端に位置する氷雪の国シルバーケープ。
寒さで作物がうまく育たず、国土の半分が氷と雪に埋もれている。
過酷な環境にあるこの国がなぜ国として機能を果たせているのか。
それは国土の南側に位置する「試練の島」と呼ばれる1万を超える島々に秘密がある。
試練の島、それは多種多様な魔物たちがひしめき合う場所。
レミルメリカにいる魔物の8割はこの試練の島にいるとさえ言われており、それぞれの島では、魔物たちが縄張りをもって存在している。
魔物は特定の条件下で自然発生するが、多くの場合、生殖で増える。
魔物化した動物からは魔物化した動物が生まれてくる。
その仕組みは未だ解明されていないが、時には突然変異でより強い魔物が生まれた事例も過去には報告されている。
魔物たちが試練の島を抜け出すことはほとんどないが、増えすぎた魔物は狩らなければならない。
魔物ハンターたちの多くは、この試練の島で魔物を狩ることで生計を立てている。
魔物ハンターは、時に素材のために依頼を受けて魔物を狩ることもある。
シルバーケープは、魔物ハンターたちがいることで成り立っている国であった。
レミルメリカには、魔物ハンター以外にも、冒険者という職業が存在する。
魔物ハンターは、魔物を狩ることを専門にしている者たちであり、冒険者は探索と開拓を専門にする。
そして、魔物ハンターや冒険者は、駆け出しから熟練者まであらゆる者たちが、試練の島に挑む。
レベルを上げ、強くなるという単純な目標のためだ。
国は貴重な戦力を守るため、島ごとの危険度を5段階に割り振り、冒険者と魔物ハンターを管理するための協会を設置した。
冒険者も魔物ハンターも協会に登録し、一定以上の功績を挙げなければ、危険度の高い島へ行くことは許可されない。
倒した魔物の一部を持ち帰り、倒したことを証明する、倒した魔物から素材を獲得し、武器を強化する、目的は様々だ。
魔物の国「シルバーケープ」。
そこでは、日々、魔物とハンターたちとの戦いが繰り広げられている。
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試練の島 危険度5
登録番号1468
ガサ、ガサッ……
茂みから音もなく飛びでてきたのは一羽の梟だった。
全身を灰色の体毛に覆われている。
梟は首を真後ろに回転させた。
どうやら何者かに追われているらしい。
少し間を置いて、同じ茂みの中から黒い影が飛び出してくる。
こちらは、バサッバサッという大きな羽音だ。
「だめだ、振り切れない。」
そう言うと、梟は人の姿になった。
灰色の髪、灰色の服、全身が灰色で、眼光は鋭く黒い影を見つめている。
『灰雪(はいゆき)』
魔法だ。
発動と同時に黒い影の周囲を灰色の雪が舞い、視界を塞ぐ。
黒い影は雪に阻まれて動きを止めた。
烏だ。
一羽の烏が羽根を広げている。
「烏?この島に烏の魔物はいないはず。」
言うが早いか、ナイフを取り出して烏に向けて投擲した。
ヒュッという音を立てて『灰雪』の隙間から烏にナイフが飛ぶ。
キンッ……
烏はナイフを嘴で弾いた。
明らかにおかしい。
烏の魔物にはこれほどの敏捷性はないはずだ。
それに、今の攻撃にはスキルの力が上乗せされていた。
となれば……
「誰だ!私を『白継』と知ってのことか!」
白継。
試練の島の監視者。
スキル名 「ナイトバード」。
その名の通り、梟に変化するスキルである。
当然、梟の力の一部を行使できる。
梟の視覚は驚異的である。
頭部の前面にある瞳は双眼視の視野を持ち、獲物を捕捉する。
奥行きを計ることもできることに加えて、頭部が270度も回転する。
梟の狩りは音もなく行われる。
それは左右非対称の耳による卓越した聴力だけでなく、音を出さずに移動する能力、消音機能付きの羽によるものだ。
羽のふちにあるセレーションが羽音を消すからこそ、獲物に気付かれることなく、狩りを達成することができるのだ。
白継は、これらの能力を身に纏うことができる。
だからこそ「監視者」だ。
隠密行動が得意だが、戦闘能力は高くない。
それでもここまで逃げ切れない相手と対峙するのは殆ど経験がない。
「この烏は……魔物なのか?」
魔物とは思えないほどの強さを感じる。
白継は戦いながら逃げ延びる方法を考えていた。
相手の方が少し速度が速い。
だが、島の端までいけば、魔物ハンターたちも待機しているはずだ。
『灰雪』
白継は同じ魔法を発動した。
今度は烏の足止めが目的ではない。
灰雪は元々隠密用の魔法だ。
灰色の雪が辺りを覆い、自らも灰色の梟に変化する。
これで相手は視界で白継を捉えることはできない。
このまま魔法を撃ち、相手怯んだところで全力で逃げる。
それしかない。
『フローレン』
攻撃魔法としてはそれほど強くはないが、周囲に展開する雪を氷の塊にして撃ち込む魔法だ。
少しでも隙ができればいい。
魔法が発動し、烏の周囲にある雪が氷の塊に変化した。
クワァッ!!!
烏は大きく鳴き声をあげるが、そのまま氷の塊をその身に受けた。
いまだ!
白継は全力で飛んだ。
音もなく、茂みをかき分ける。
木々の隙間から外が見えた。
島の端はあそこだ。

(written by 立花いな実)
茂みを抜ける。
バッッ!という音と共に、白継は茂みの中から飛び出した。
「ハンターの皆様、お気をつけください。烏の魔物……が……。」
茂みを抜けた白継が見たものは、もはや原型を留めない肉塊と化した魔物ハンターたちの姿だった。
どういうことだ!
白継の思考は混乱した。
数時間前、白継が島に到着した時、複数の魔物ハンターたちが上陸していた。
危険度5の島に上陸できる協会でも指折りの魔物ハンターたちをここまで圧殺できる者。
「化け物かっっ!」
白継の口から出た言葉。
ある者は四肢を砕かれ、ある者は顔を潰されている。
肉塊と化したハンターたちから答えは返ってくるはずがなかった。
「化け物とは心外ですね。」
白継は咄嗟に周りを見渡した。
まさか、この私が敵を見落とした?
今の白継は梟だ。
相手の姿があれば見えないわけはない。
鋭敏な聴覚で相手の呼吸音すら感じ取れるはずだった。
何も感じ取れなかった……この私が?
白継は咄嗟に人の姿に変化し、地に足をつけ、周囲を警戒した。
機動力は落ちるが、人の姿の方が何かと対応しやすい。
敵の姿が見えない内から上空に避難するのは愚策だ。
白継は地に足を付け、感覚を研ぎ澄ます。
そして……見つけた!
「そこだっ!!!」
ハンターたちの倒れている方向に向けて、ナイフを飛ばした。
カァッ!
鳴き声と共に烏がナイフを弾いた。
先ほどの烏が追いついて来たのだ。
「よく私の居場所が分かりましたね。褒めてあげます。」
突然、烏の周囲の景色が歪み、真っ黒なフードを被った女が現れた。
分かったのは偶然だ。
ほんの少し、ほんの少しだけ空気が揺れただけだ。
この女の隠形は白継のはるか上をいっている。
恐らく先ほどの空気の揺れはワザとだ。
このくらいは感じ取れるだろうと試されたに違いない。
白継は寒気を感じていた。
「お褒めに預かり光栄ですよ。」
白継は警戒は無駄だと分かりつつ、いつでも梟になる、魔法を放つという準備を怠らなかった。
すると、フードの女が告げる。
「そんなに警戒しなくても、ここであなたを殺したりはしませんよ。私を見つけることができたご褒美に見逃してあげます。」
楽しそうな声で話しているのは、すでに白継を取るに足らない相手だと認識したからだろう。
相手がどれ程の力の持ち主かは分からないが、その気になれば白継など、そこに転がっている肉塊と同じようになるに違いない。
「それに私、今、他のお仕事で忙しくてあなたに構ってる時間ないんですよ。ほら。」
フードの女が先ほど抜けて来た茂みの方を指差す。
白継は、嫌な気配を感じ取り、そちらを振り向いた。
白継が見たものは空を埋め尽くす無数の黒い塊。
烏の群れだ。
「あっ……あっ……。」
カァッ!!!
フードの女の周りを飛んでいた烏が大きな鳴き声をあげながら、女の肩にとまる。
どれ程の数がいるのか想像もつかない。
しかし、分かることがある。
あれはすべてを飲み込む「黒い絶望」だ。
「この辺りの島のいくつかを私たちの実験場にするために制圧しに来たんですよ。いいですよね?監視者さん。」
ゾクリ……。
悍ましい程の殺意。
肌が痛い。
内臓が締め付けられるようだ。
白継は自分が監視者だと知られていることなど、もはやどうでもよかった。
「それでは、烏たち。最初に言った通りです。必要な子たちは残して、それ以外はいりません。ちょっと掃除をしてきてください。」
フードの女が命令を下すと同時に、烏たちは島のあちこちに散らばっていった。
「掃除」の意味するところなど聞く意味もない。
この島からあらゆる命が消えるまで、それ程の時間はかからないだろう。
あの烏たちの力は、おそらく白継に測れるようなものではない。
「さて、監視者さん。あなたにはお願いがあります。」
そう言って女はフードを取った。
「私はいな実、立花いな実。あなたたちが『四天王』と呼ぶ者。」
四天王。
それは歴史上に名を刻む絶望。
なぜ、そんな者たちが、自分の生きる時代に動き出したのか。
「私たちは……世界に宣戦布告する。」
白継は自分の目の前にある「死」を感じることしかできなかった。
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