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  • 執筆者の写真DOYLE

強さの果てに:アナザーストーリー(時系列26)

決闘に敗れたミストファイナーは、1人、川のほとりを歩いていた。


連戦連敗。


ミストファイナーは、同世代の獣人たちとの戦いでは、ほとんど負けなしだった。


スキルが発動してから初めて貰った武器、ハンマーがとても嬉しく、ずっと鍛えてきた。

小さいが魔物も討伐したことがある。


そんなミストファイナーでも、上の世代の獣人たちには全く歯が立たなかった。

ラムドPとはまだ戦ったことがないが、斧を使う最強の獣人だと聞いている。

アビサルで会えれば一度戦ってみたいと思っているが、そう上手くはいかない。

他の獣人たちにも挑みはしたが、やはり決闘を勝ち抜き、外の世界へ行く面々は次元がちがう。


どうすれば強くなれる?


京橋ひよわの速度を捉えることはできない。

今の攻撃では、TAKUMIの防御を崩せない。


ミストファイナーの父は、魔物ハンターだった。

強者である父親を持つ少年が強さに憧れを持つのは仕方のないことだろう。

なにせ、幼少期から、父親の成し遂げた功績を聞いて育ってきたのだから。


アビサルの熱帯雨林に出現した魔物の討伐、かつての戦争の時の国境線の防衛戦、決闘で数々の強敵と争ってきた逸話。

人々が絶望する中でも決して希望を捨てず、彼らを鼓舞し。

道を切り開き、逆境を乗り越え、どんな強敵もその力で打ち倒す。


そんな強者になりたい。

いや、きっとなれるはずだ。


なぜなら俺は強者の息子なのだから。


そんなことを考えている最中、横を流れる川の中から音が聞こえた。


ゴゴゴゴゴゴ


なんだ、何か来る。ミストファイナーは咄嗟に身構えた。


「グオオオオオオオオオ!」


雄叫びをあげて現れたのは巨大なワニの魔物。

体長は5メートルを超えている。

最大級の大型とまではいかないが、中型は確実。


セレスティアなら、剣闘師団や魔法師団が討伐するような相手だ。

しかし、今、ここにはミストファイナーしかいない。


「た、たすけ……。」


大声で助けを呼ぼうかと思い、ミストファイナーは踏みとどまった。


「今回は武器なしってハンデつけてるだけマシだろ?」

「いい一撃だが、俺の防御を破るには力が足らん。」


頭の中で2人の声が再生される。


「俺は……俺は強くならなきゃいけないんだ!」


ミストファイナーはハンマーを構える。


「グガァアアアッ」


ワニの魔物がこちらをにらみつける。

ブォンという音と共に尻尾が動き、こちらを狙ってくる。

ミストファイナーは、ハンマーを踏み台にして宙に跳んだ。

ワニの尻尾は、先ほどまで立っていた場所の地面を的確に抉り取る。


「遅えよっ。『勝利への一撃』。」


ミストファイナーは、ハンマーでワニの尻尾を殴りつけた。


ガギィン


金属を殴ったような音だ。


「硬いっ!」


ミストファイナーの手が一瞬痺れる。

ワニの鱗は硬い。

ハリネズミの獣人、TAKUMIよりも硬いかもしれない。

ハンマーでの攻撃が通らない。


そう思った瞬間、ワニの魔物が口を開いた。

ワニの顎の力は尋常ではない。

一度噛み付かれてしまえば、もはや逃れる術はない。


ミストファイナーは距離を取ろうとした。

その時、ワニが口を震わせ唸り声を上げると、石の礫が飛び出し、ミストファイナーを襲った。


「石っ!」


胃石。ワニは胃の中の食べ物をすり潰し、消化を促進するため、そして、水中での体重調整のために、石を捕食するという習性を持っている。


ワニはそれらを砂嚢と呼ばれる器官に収納しているのだ。

ワニの魔物は、それを自ら吐き出すことができる。


細かく砕かれた石の礫が広範囲にばら撒かれ、いくつかがミストファイナーにも当たる。


警戒したが威力はほとんどない。

そう思った時、ミストファイナーを激痛が襲った。


「ぐうぅぅぅっ。」


肉が焼けるような痛みだ。

見ると、ワニの魔物から放たれた石の礫が当たった部分の皮膚が焼けただれたようになっている。あまりの痛みにミストファイナーは膝を折る。


痛みの正体は酸。

ワニの胃液は非常に強力で、動物の骨すら溶かしてしまう。

先ほどの石にはワニの胃液が付着していたのだ。


「痛みが引かねえ。」


あまりにも強い酸の攻撃だ。

ミストファイナーはまだ若い獣人で、魔法もそれほどうまく使えない。


回復魔法は使えない。

先の2人の獣人とのダメージを回復するため、持っていた回復役も使い切った。


ひとまず、飲み水として持っていた水を患部にかける。

まだズキズキと痛みはあるが、マシにはなった。

もう石飛礫はくらえない。


「グガアァァァァァ!」


ワニの魔物は叫び声をあげると、再び尻尾で攻撃を仕掛けてくる。

これをかわせば、また石を飛ばすつもりだろう。


「同じ手はくわねえよっ。『能力向上』。」


ミストファイナーは身体機能が全体的に少しだけ強化される魔法を使い、前進する。

横から襲い掛かる尻尾を瞬間的にしゃがんで躱した。


再び、前進。


ワニの魔物の顔が目の前にくる。

赤く血走ったような目がこちらを睨むと同時に口が開いた。


石がくる。


「『ハンマーブースター』。」


持っていたハンマーの頭頂部から煙のようなものが噴出して、ミストファイナーの動きが横に加速する。

ワニの魔物の口からは再び石の礫が発射されたが、ミストファイナーはそれを横に飛ぶことで回避したのだ。


開いたままの口の横につけた。


ここしかない!


「最大出力!"『強羅の一撃』。」


強羅の一撃は、自らの筋力を最大限解放して放つ戦士の技。

反動でしばらく素早く動けなくなり、防御も低下するため、使い所が難しい捨て身の技でもある。


ワニの魔物の横顔にミストファイナーは一撃を打ち込んだ。

ゴォォン という鈍い音が響き、ワニの魔物の顔が横に振られる。


「グギャァァ。」


ワニの魔物は首が突然横に振られたことでダメージを負ったようだ。


しかし、ミストファイナーの渾身の一撃でも倒すには至らなかった。

ミストファイナーは反動で身体に痺れを覚える。


そして、ワニの魔物は、首を横に振られながらも、ミストファイナーに向かって尻尾の一撃を放っていた。


身体を横に逸らすが、強羅の一撃の反動でそれほど早く動けない。


ゴスッという再び響く鈍い音は、ミストファイナーにワニの尻尾が当たった音だ。


「ゴフッ」


直撃とはならなかったが、胸部の横あたりを尻尾で殴られ後方に吹き飛ばされた。

地面にはなんとか着地したものの、口からは血が溢れる。


パワーが段違いだ。


「へへ、勝てねえなあ。」


ハンマーを杖代わりにして、フラフラと立ち上がる。

ワニの魔物は、首をブルブルと振り、こちらを向き、口を開く。


「ガァァァァァァッ!」


雄叫びだ。

おそらくあのままこちらに突っ込んでくる。

身体は動くが、回避しきれなかったら……


死ぬ。


まだ反動から回復しきっていない。

大人しく助けを呼んでいれば、こうはならなかったのだろうか。

ワニの魔物が、こちらに向かって突進してきた。


早い。


陸上でもこれだけの速さで動けるのか。


「受け止めるしかない。『能力向上』。」


ミストファイナーは、巨大なワニの魔物の突進に向き合い、死を覚悟した。


ー宝石箱の中は一面鏡張りでー


突然、頭の中に音が響く。


「もう諦めるのですか。」


音の響きに混じってミストファイナーの耳に声が聞こえる。


ー輝かしい貴方の過去ー


「強さが欲しいのでしょう?」


ミストファイナーは声の主を探した。


ー鮮やかに映し出すー


「私ならばあなたに力をお与えできます。」


ワニの魔物はもう目の前まで迫り、口を開けたワニにミストファイナーが飲み込まれようとした瞬間。



『すべてが巻き戻った』



「受け止めるしかない。『能力向上』。」


能力向上が発動し、ミストファイナーの身体は強化された。

巨大なワニの魔物が突進してくるのが見える。


おかしい。


ミストファイナーは、気がついた。

これはついさっき体験したはずだ。


迫り来るワニの魔物。

死を覚悟をする自分。


ーぎこちなく動くー


まただ、音が聞こえる。


「もう諦めるのですか。」


音の響きに混じってミストファイナーの耳に声が聞こえる。


ー時のオルゴール その旋律 ー


「強さが欲しいのでしょう?」


ミストファイナーは答えない。


ー古ぼけた時代の模倣ー


「私ならばあなたに力をお与えできます。」


ワニの魔物はもう目の前まで迫り、口を開けたワニにミストファイナーが飲み込まれそうになる。


ー親しげに惑わせるー


「受け止めるしかない。『能力向上』。」


能力向上が発動し、ミストファイナーの身体は強化される。

また、巨大なワニの魔物が突進してくるのが見える。


ミストファイナーには何も分からない。


何が起こっているのか。


自分が発動した魔法が自分のものではないように錯覚する。


ー懐かしいその響きがー


「力が欲しくありませんか?」


声の主はミストファイナーからの答えを待っているかのようだ。


ー頭から離れないでー


「力?」


迫りくるワニの魔物のことには目もくれず、せまる顎を気にすることもなく、ミストファイナーはその声に応えた。


ーついさっき閉めた蓋をー


「そう……すべてのものを滅ぼす力です。」


その刹那、目の前にいたワニの魔物が消えた。


まさに一瞬。


どこに消えたのかすら分からない。


ー開いてはまた閉じるー


そして、音だけはまだ響いている。


「さて、ミストファイナーさん、あなたは力を欲しますかな?」


あのワニの魔物を一瞬で消しさる力。

それがあれば、父のような冒険者にもなれる。

そして、TAKUMIや京橋ひよわにも勝てる。


「欲しい。」


ミストファイナーは答えた。


「俺に力をくれ!」


ミストファイナーは叫んだ。


―考えるのをやめてただひたれば追憶の中でシアワセになれるのにー


「よろしい。ならば、与えましょう。」


ミストファイナーの足元にある影がゆらりと動いた。


「このrainydayが。」


ミストファイナーは手に持ったハンマーもろとも影の中に吸い込まれた。


とぷん


小さな音が消えた後には、先ほどまでの激闘が嘘のように静かな川のほとりの景色が戻ってきた。



「どうなさいました?」


メッセージが来るなど、滅多にないことだ。


「獣を一頭捕獲されたとお聞きしたのでね。何をされるおつもりなのかと。」


メッセージ越しでも分かる楽しそうな声だ。


「我々はお互いの行動に不可侵なはずでは?Curiosity killed the cat .と申します。」


答える必要はないというのに案外饒舌な切り替えしである。


「あなたが殺したのはワニだったのでは?そもそも、一介の獣が我々を倒すことなどできますまい。ねえ?雨傘Pさん?」


雨傘Pと呼ばれたメッセージの先からは一瞬返答が止まった。


「さて、私はrainyday、しがない流浪のペンギンですから。」


トボけたような言い回しだが、その声の奥には言い知れぬ感情が込められているようにも聞こえる。


「あなたこそ、学園の方でこそこそと動かれているのではないですかな?先生、いや、顧問P。」


お互いに牽制し合うようなやりとりだ。


「あなたに先生と呼んで頂けるのは光栄ですがね。さて、計画はお話いただけないとのことなので、こちらはこちらで動くとします。ただ、今後のために一つだけお聞かせください。実験は成功しましたか?」


顧問Pは最初からそれだけを確認したかったのだろう。


rainydayは答える。


「ええ、成功しましたよ。」


rainydayはメッセージの範囲を拡張した。


グウウウアウウウアウ


雑音にも聞こえる呻き声がメッセージに入ってくる。


「おめでとうございます。rainydayさん。」


メッセージの向こうで顧問Pが拍手を送る。


「これを放したらシルバーケープに用を済ませにいきます。それでは。」


そう言うと、rainydayはメッセージを切った。


顧問Pも分かっていたようだが、切れる瞬間まで拍手をしている音が聞こえていた。


「ミストファイナーさんとおっしゃいましたか、あなたは……そうですね。アビサルの国境線にでもお送りしましょう。あそこならその力を存分に堪能できますよ。」


グアアアアアアアアアア


ひときわ大きな声が響いた。


「そう、存分にね。」

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