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  • 執筆者の写真DOYLE

選抜:アナザーストーリー(時系列19)

セレスティア王国剣闘師団は、選ばれし者たちの集団である。有事の際には王国最大の戦力として前線で戦い、日頃は鍛錬に余念なく、王国近隣の魔物討伐も行う。

その命懸けの仕事は常に死と隣り合わせと言われ、登竜門と呼ばれる厳しい選抜試験で振るい落とされる者は後を絶たない。はずなのだが……


コンコン、ドアがノックされる。


「お〜開いてるから入れ、入れ。」


日夜厳しい戦いを強いられているとは思えないほどの緩い言い方である。


「失礼します。kentax団長、お呼びですか?」


ドアを開けて入って来たのは精悍な顔付きの若者。

それなりにしっかりした体躯をしているが、まだ幼さの残る出で立ちだ。


「よだか、お前、学園に行け。」


入って座る暇もなく、よだかと呼ばれた若者に命令が下る。


「嫌です。」


返答も一瞬だった。その間、まさに1秒にも満たない。


「よだか、いいか、お前はまだ若い。剣闘師団で戦うだけが人生じゃない。同世代の友人を作り、見識を広めて来るんだ。だから、な?学園に行ってこい。」


先ほどのよだかの返答がなかったかのようにkentaxは言葉を続ける。


「はい。お断りします。」


またしても即断。


「お前なぁぁぁぁ!なんで速攻で断るんだよ、悩めよ!そして行けよ!団長からの指名なんだぞ!」


突然の団長のキャラクターの崩壊にも、よだかは動じない。


「団長、若いのに片っ端から声かけてるでしょう?もう皆知ってますよ。」


セレスティア王国剣闘師団は、強さを求める集団である。だからこそ、団長であるkentaxは団員全員に自己主張を許可することを徹底してきた。


戦場では上司も部下もない。上が間違った判断をした時、現場にいる下の者が意見を言えずに命を落とすことがあってはならない。


ただ、強くあれ。


クリスエスや泡麦ひえには示しがつかないとか、他の場所でも自己主張が強すぎるとか色々言われるが、それはそれだ。


しかし、今回ばかりはそれが仇になった。


「仕方ねえだろ、誰も行かねえってんだから、とりあえず若い奴に声かけてんだよ。よだかで3人目だ。ったく、なんで誰も行きたがらねえんだよ。」


剣闘師団には意外と若者も多い。魔法使いと違い肉弾戦も多くなる剣闘師団は、ある程度の年齢になると引退して指導者の側にまわる者も多いのだ。


とはいえ、そこは肉体を鍛え抜いた者たち、人間でも30代、40代は現役だ。


異種族の中には寿命がかなり長い者もいるため、100年近く戦い続けている者も剣闘師団には席を置いていたりする。


「行きたがらなくて当然ですよ。自分を鍛えて戦うために団に入ったのに、今さら学園で勉強しろなんて言われても困りますって。」


正論である。


「俺が困ってるんだっての。ファンド王からの直々のお達しだぜ?1人くらい殊勝な奴がいてくれてもいいだろ。なあ、よだか。」


kentax団長はこんなことを言っているが、団長命令として団員に命令することは決してない。それが分かっているからこそ、団員たちは自分の意見を主張できるのだ。


誰も行かなかったら、王に直接、行きたがる奴がいないから無理だと頭くらい下げに行くだろう。それゆえに、kentaxは若くして団長の地位にいる。


「私にいくら言おうが、首を縦には降りませんよ。うちの団にあと若いメンバーって誰がいましたっけね。」


よだかも、自分が行きたくないから代わりに誰かを探しているようだ。

剣闘師団の若い団員にとって、団は居心地が良い。上下の隔たりなく、実力で立ち振る舞いができる環境を好き好んで出ていく者は多くないだろう。


「給料も出すし、住む所も貸すって言ってんのに、何が嫌なんだか。女でも探しに行ってこいよ、まったく。」


kentaxは団長でなければ、自分が行くとでもいい出しそうな雰囲気だ。


コンコン


「誰だ。来客中だが、入っていいぞ。」


kentaxは先ほどまでの口調を突然団長としての威厳を出すものへと切り替える。


「失礼しますよっと。」


ドアを開けて入ってきたのは1人の男。

メガネをかけ、飄々とした雰囲気だ。


「団長さん、困ってるみたいですね。」


三国奏。ボンドPの称号を持つ男。プロムナードの出身で、幼い頃からいくつもの国を渡り歩き、なぜかセレスティア王国の剣闘師団入りを希望した。


自由を好むが、仕事はできる。


「学園へ行く若者をお探しだとお聞きしまして、よろしければ僕が行かせてもらおうかと思いまして、ええ。」


軽く眼鏡を上げる動作をする。


「あ〜三国、お前が行くのか。」


どうやら、kentax団長の選択肢には入っていなかったようだ。


「ボンドPも若手ですし問題ないのでは?」


よだかは、代わりを考えなくてよくなったからかどことなく嬉しそうだ。


「あのなぁ、三国の能力はお前も知ってんだろ。うちの団からすりゃ、こいつは貴重な戦力なんだよ。」


kentax団長のいう能力はスキルのことだ。

たしかに三国奏、ボンドPは他とは少し変わったスキルの使い手である。


「ということは、私は貴重な戦力ではないと言うことですね?」


よだかの言葉にkentaxは顔を少し曇らせる。


「そうは言わねえけどよ、今んとこ、三国はおめぇより強えからなぁ。」


今のところと付け加えるのは、配慮ではなく正直な評価だ。先日、kentax団長の思い付きで突然行われた団内の個人戦でも三国はよだかを破っている。


「あれはっ……相性の問題ですから。」


しかし、負けている以上、弱いという部分については否定できない。


「う〜ん、どうすっかねぇ。まあでも、本人の意志なら構わねえか。いいぜ、三国、俺から王様に言っといてやるよ。」


kentaxは戦力を欠くことになっても部下の意志を尊重するらしい。


「しかし、どういう風の吹き回しだ?お前、こういうのに首突っ込んでくる奴じゃねえだろ。」


入団の頃から三国を知っているkentaxにはどうにも違和感があるらしい。

よだかは何も感じていないようだが。


「ちょっと面白い噂を聞いたっていうのはあるんですが、それ以前に学園って何となく面白そうじゃないですか。一度くらいエリート様たちに混じって勉強するのも悪くないでしょうし。」


面白そう。

たしかにこの男ならそう考えるのかもしれない。


「その辺の学生に比べたら、お前は頭1つ2つ抜きん出てるだろうけどな。言ってこい、三国。よし、よだか、呼びつけて済まなかったな。話は終わりだ。三国には追って命令を出すが、出発まではあまり時間もない。早速準備に入ってくれ。」


そこまで指示を出すと、2人は頭を下げて部屋を出て行った。

それを見送ってからkentaxは、椅子に深く座りなおす。


三国奏、ボンドPの発言の真意には多少疑問を感じるが、正直なところ、これでよかったのかもしれない。よだかは鍛えがいがある。


あと数回でも大型の魔物を討伐させて、どこかで小競り合いの対人戦闘をやればもっと伸びるだろうとkentaxは思っていたのだ。

これを機に鍛えるのも悪くない。


「こっちな何とか決まったか。さて、あっちはうまくやってんのかねえ。」


その頭の中では、推薦する者を独断で決めていたどこかの魔法師団の団長の顔を思い出していた。


「小金井ささらです。入ります。」


魔法師団に支給されるローブを羽織った髪の長い女性が部屋に入ってきた。


「よく来てくれたね、ささらさん。」


魔法師団団長・泡麦ひえ。雷魔法を得意とする彼女は、魔法師団に入る以前は、冒険者として世界各地を旅していた経験がある。


セレスティア草原で魔物を討伐していた時、前任の団長にスカウトされ、魔法師団に入ったと噂されている。そんな優秀な彼女が目をつけている魔法使い、それが小金井ささらだったのだが……


「団長、この子も一緒なんですから挨拶してあげてください。」


小金井ささらは、左腕に人形を乗せて髪を撫でている。


「あ、ああ、すまない。ユキと言うのだったかな。よく来てくれた。」


小金井ささら。人形使い、ドールマスター等、彼女につけられる呼び名はいくつかある。

戦場でも、日常でも、常に彼女の側には人形がある。

ユキと名付けられたその人形を小金井ささらはまるで生きている人間のように扱うことで有名だ。


「挨拶してくれて、喜んでます。今日もユキちゃんはかわいいです。」


小金井ささらは魔法師団の若手の中では指折りの実力者である。

先日の魔物討伐の時には団員たちから「この程度の魔物より小金井ささらの方が怖い」とさえ言わしめたほどだ。


違う意味が籠っているかどうかはここでは追求してはならない。


「それで、ささらさん、今日来てもらった理由なんだけど。」


「ユキちゃんかわいい。」


割り込まれた。

話の腰が音を立てて砕けた気がする。


「う、うむ。かわいい、のだろうな。」


泡麦ひえは、どうにも返答に困ってしまったようだ。


「『ユキちゃんかわいい』というのは、私が自然に発してしまう言葉なので、団長は気にせずお話を続けてください。」


そんな相槌があってたまるか!と大声でツッコミを入れたくなる気持ちを抑えて話を続ける。


「コホン、今日ささらさんに来てもらったのは、他でもない。ファンド王及び、この魔法師団団長、泡麦ひえの命により、小金井ささらに我が国の学園に行ってもらいたい。」


小金井ささらは、泡麦ひえの言葉を人形の髪の髪を触りながら聞いていた。


「学園ですか。学園、学園、制服、制服のユキちゃん、ユキちゃんの制服。団長、行っても構いませんが、ひとつ聞いて頂きたいことが。」


発言の4割ほどは聞かなかったことにして、団長は話を続ける。


「なんですか?私にできることなら言ってくれれば王に進言してみますよ。」


命令とはいえ、一時的に魔法師団を抜けるのだ。

小金井ささらも思うところはあるのだろう。


「ユキちゃん用の制服を作ってもらってください。あと、できればローブも。」


予想の右斜め上から、雷の魔法を打ち込まれたような気分だ。


「わ、わかりました。王には聞いておきます。えっと、ユキちゃんさんの服のサイズを聞いておいていいですか。」


ユキちゃんの制服に関する話が終わると、小金井ささらはユキちゃんを連れて部屋を出た。

楽に受けてくれたのはありがたいが、人選を間違えたかもしれないと少し思ったのは内緒にしておこう。


魔法師団には少々変わった者も多い。かくいう自分も人のことは言えない上に、その団のまとめ役を務めているのだからタチが悪い。


はぁぁぁぁぁ、という大きなため息をついて、泡麦ひえはクリスエスにメッセージを飛ばす。先ほどの件を相談するためだ。


内政官になんと説明すれば良いのか。下手をすると火刑に処されてしまいそうだ。


「kentaxさんの方はうまく選抜できたんでしょうか。有事の際にはささらさんと組む方ですから、暴走を止めて頂けると嬉しいのですが。」


メッセージを送りながら、泡麦ひえは剣闘師団のことを考えていた。


kentax団長のことだ、なんだかんだ言いながら部下の意見をうまく取りまとめているに違いない。


こうして、剣闘師団と魔法師団からの若手選抜は終了した。


学園の入学試験まで、あと数週間を残すのみとなっている。


剣闘師団 代表 三国奏 ボンドP

魔法師団 代表 小金井ささら

3日後、2人の名前が学園の入学試験受験者の一覧に追加されていた。

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