異端審問官:アナザーストーリー(時系列4)
- DOYLE

- 2019年6月14日
- 読了時間: 3分
更新日:2019年6月15日
「火をつけよ」
指示を受けた兵士が片手の松明で足元の藁に火を放つ。
藁の上に建てられた十字架には、もはや生気を失った顔の男が貼り付けられている。
足元に火が迫っているというのに顔色ひとつ変えない男はむしろ不気味である。
そんな男の顔を、表情ひとつ変えずに動かさず見つめる男がいる。
クリスエス。その姿は異形。
狼か龍のようにも見える頭部をもつ者。
彼は敬虔なミコエル教の信徒である。
敬虔すぎる彼の思想は、ミコエル教以外の宗教を認めることはない。
教義に違反する者、異なる宗教に心酔する者を悉く炎に包んで来た。
その容赦なき様子からついた二つ名が『火刑執行人』である。
「異端者には死あるのみ。この炎こそがミコエルを讃える讃歌となるのだ。」
彼はかつて大天使ミコエルから直接言葉をかけられたことがあると言う。
異端者を燃やせと。
うううううううう……
縛られた男から呻き声が漏れる。
火をつけた兵士は見ていられなかったのか、すでにその場にいない。
だが、クリスエスは目を離すことはない。
なぜならこれはミコエルに掲げる炎なのだ。彼の瞳には燃え盛る十字架が映り込む。
スキル『異端審問』―彼の前ではいかなる嘘も意味をなさない。
「クリスエスさん、またそんなことをやっておられるのですか?」
いつの間にか別の男が立っている。
「KAI、ここに何をしに来た。」
この男はミコエル教徒ではないはずだ。
とすれば、ここには誰かが中に入れたとしか思えない。
ここは、ミコエル教徒の中でも限られた者しか知らぬ、異端審問会の場所なのだから。
「相変わらず異端審問をされているようですね。」
見れば分かるだろうに、この少し気取ったような言い方がこの男の話し方の特徴だ。
「私は『ゆかいあ』の使者ですから。それに、噂が確かならあなたのスキルも私には効果が薄いのでは?」
答えになっていない。
まさか挑発してくるとは……愚かな人間が。
「ほう?いくら使者とはいえ、その物言いはいささか気に食わぬ。この『異端審問』、受けてみるか?」
クリスエスの言葉と同時に、先ほどまで燃えていた十字架が音を立てて崩れ落ちた。
火あぶりにされた男の姿は原型をとどめていない。
クリスエスはKAIの方に向き直った。
まだ人の肉と脂の焦げ付く嫌な臭いが部屋の中に漂っている。
「いえ、ここで争うのは愚策。失礼な物言いになったことを謝罪しましょう。」
一触即発かと思われた空気をKAIの一言が緩ませた。
クリスエスも、決して納得はしていないようだが、KAIから視線を外す。
「ここはミコエル教徒以外が来る場所ではない。早々に立ち去れ。」
食えぬ男だ。どこまでが本気かわからん。とでも言いたげだが、クリスエスは再び燃え落ちた十字架に視線を戻した。
それを見て、KAIもクリスエスに背を向け、部屋を出ようとする。
「そうそう、クリスエスさん。以前から気にしておられた『例の4人』が重い腰をあげるようですよ。」
置き土産のようにそれだけを伝えると、KAIは部屋を出ていった。
「動き出したか、異端者共め。ミコエル教異端審問官、このクリスエスが、貴様らの息の根を止めてやる。」
そう言ったクリスエスの目には、まだ炎の十字架が映っていた。
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