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異世界七夕日和:アナザーストーリー(時系列21)

  • 執筆者の写真: DOYLE
    DOYLE
  • 2019年7月21日
  • 読了時間: 11分

「私たちと異なる世界にある日本という国では、このように細長く切った短冊という紙に願い事を書いて、笹という木に飾るそうですよ。」


切身魚は7月7日の朝から短冊づくりに勤しんでいた。

地下にある本を読んでいた時、偶然日本という島国の文化に関する本を見つけた。

レミルメリカにそんな国があった記録はない。

どこからもたらされたものなのか、そんなことは切身魚には関係ない。

本を読み、知識を蓄える。

できそうなことを時に試してみることは少なくない。


「切身さん、できたぞ。」


笹を持ってきてくれるように頼んだラムドPは、切身魚の話を聞いて七夕という別の国の文化に興味を持ったようで、飾り付けを手伝うことを名乗り出た。


「こがいな紙に願い事を書いて飾るとは、不思議なことをしんさるな。」


ラムドPは不思議そうに小さな長方形の紙を眺めている。


「せっかくですから、こっちは書かせてもらいましたよ。」


ラングドシャPは、切身魚がいつも座っている受付の机の上で願い事を書いたようだ。


「しかし、たしかに不思議ですね。こんな紙で願いが叶うとは。」


ラングドシャPは自分が願い事を書いた紙をひらひらさせている。


「そう言いながらきっちり願い事書いとるんが、ズクさんよな。」


ラムドPは笑いながら、飾り付けを終えて梯子を降りる。

図書館の入り口の上側から笹を垂らすように置いた。

今日、図書館に来た人には願い事を書いてもらおうと切身魚は考えている。


「ラムドPさん、ありがとうございます。そういえば、この七夕という文化には、織姫と彦星という男女のお話もございまして、せっかくですからお茶でもしながら語ると致しましょう。そろそろナチュラルPさんもいらっしゃるはずですし。」


切身魚は腕に抱いていた猫を地面に下ろし、お茶を入れる準備に入った。

ちょうどドアを開く音が聞こえる。

お茶会を催すということで、切身魚は学園長をご招待していたらしい。


「語るのは一年に一度しか会えぬ男女の話。さて、この国を治める男女は、いかにお過ごしのことでしょうか。」


切身魚は王宮にいる仲睦まじい王と王妃のことを思い浮かべるのだった……。


「ヲキチ、出立の準備はできたかい?」


ぐへへPはどうやら七夕などには関係なく、どこかへ出発しようとしているらしい。


「もう少し待って。えっと、これがお父様へのお土産、こっちが七十の……。」


ヲキチの目の前には、箱や袋がたくさん置かれている。


「今回の目的はお土産じゃなくて、僕らの結婚の挨拶に行くことなんだけどなぁ。」


ヲキチはすでに王妃のように周囲から扱われているものの、未だ婚約に留まっていた。

しかし、ついにぐへへPが、正式にヲキチの両親に挨拶を行うことになったのだ。

そうなると、結婚という二文字が次第に現実味を帯びてくるはずなのだが、ヲキチはそこまで重く受け止めていなかった。


「今からそんなに緊張してたら、お父様とお会いする前に倒れてしまいますよ。」


ヲキチはぐへへPがいつもより緊張しているのを見抜いていた。

一国の王なのだから堂々としていればいいのに、でも、そういう真面目なところも魅力だななどと、惚気たことを考えていた。

ぐへへPの出立に合わせて内政官たちは数日間の王が不在の間の準備に追われていた。


「クリスエス殿、こちらの書類にサインを頂きたく……。」


外交官のm―aもぐへへPが不在の間は国内にとどまることになっている。


「承知した。m―a様、ファンド王の護衛の件はどうなりましたか?」


達筆な文字でサインを書きながら、クリスエスはm―aに尋ねる。


「泡麦ひえ殿が護衛で行かれるそうですから大丈夫でしょう。kentax殿は別件があるそうですが、代わりによだか殿を派遣すると。」


現在、しおまねきは情報収集のため、城にはいない。

そのため、内政のほとんどはクリスエスが担っている。


「それなら安心して任せられそうですな。私はここ数日内政が忙しく、身動きが取れませんゆえ。」


今、クリスエスの願いを聞くなら、休みが欲しいとでも言うだろうか。

疲労を取ってくれ、とでも言うかもしれない。


「ここ数日、あまりお休みになられていないご様子。お身体をご自愛ください。」


m―aはそう言うと書類を持って、部屋を出ようとする。

そして、何かを思い出したように振り向いた。


「そうだ、クリスエス殿、図書館の司書である切身魚さんよりお聞きしたのですが、異国では今日、七夕というお祭りのようなものがあるらしく、紙に願いを書いたもの飾るそうですよ。」


出口の前でm―aは立ち止まってそんなことを言っている。


「願い、願いか。今の私の願いは、王のご挨拶がうまく行くことだけです。」


クリスエスはこんな時でも王の心配をしているようだ。


「たまにはご自分のことも大切にされてはと思いますが、クリスエス殿には釈迦に説法ですな。まあ、七夕は、なかなか会えぬ男女の祭りでもあるとのこと。クリスエス殿もたまには早い時間にご帰宅を。」


m―aはそう言うと部屋から出て行った。


「ふん、男女の逢瀬か。」


クリスエスはそう言うと、再び書類に目を落とした。

クリスエスの頭の中には、七夕のことなど残らなかったが、願いを叶えてくれるなら……と、ふと思い浮かんだのはトカゲアザラゴンの討伐という言葉だけだった。

『天空の頂き』という場所は、レミルメリカの古き伝説に記載された場所である。

その存在を知る者は今ではおらず、書物にのみ残されている。

トカゲアザラゴンは、その場所で強き者が来ることを願い、じっと待ち続けている。

今、トカゲアザラゴンは眠っていた。

その習性ゆえ、夜行性であり、主に夜に活動し、昼はほとんど眠りについている。

トカゲアザラゴンは身体に魔力を纏わせながらその巨体を丸めていたが、時折、身体を震わせる。

どうやら夢を見ているようだ。

それは強き者の夢だろうか。

トカゲアザラゴンは待っている。

強き者は、正しい者だけとは限らない。

時として、影に身を置く者たちの強さが際立つこともある。

そして、このレミルメリカにも影の者たちが存在している。


「立花いな実とrainydayがうまくやったようだな。」


聞くところによると簡単に試練の島を制圧したらしい。

白継という梟のスキルを持つ者を一時的に使っていると言っていた。


「上手くいって良かったじゃない。」


闇姫Pは再び顧問Pの元を訪れていた。


「ねえねえ、ちょっと噂で聞いたんだけど、今日って普段会えない男女が愛を育む日なんですって。」


闇姫Pは楽しそうに話している。


「だからなんだと言うのだ。我々は日頃から誰とも会わぬではないか。」


顧問Pは全く関心を示さず、手元の書物のページをめくっている。


「つれないわねえ。ほら、この間挨拶に行った吟遊詩人の女の子とか美人さんだったじゃない。」


吟遊詩人こるん。

久方ぶりに四天王と呼ばれる我々が全員集まったのが、あの時だろう。

まあ、あの後は各自が世界との戦いに向けて準備を始めたから何を話すでもなかったが。


「愛が不要とは言わんがな。だが、我らの目的を果たすためには、切り捨てねばならぬ物もあるということだ。」


そう言って、再び顧問Pは本のページをめくる。

彼らの次なる一手はもうまもなく始まるだろう。

まさにその頃、吟遊詩人こるんは、プロムナードのとある街にいた。

彼女は面白い噂を聞きつけたのだ。


「リッカの姫。いったいどんな人なのかしら。」


リッカの姫、森の戦姫とも呼ばれる娘が、セレスティアの学園に入学する。

そんな噂が世間に流れていた。

こるんは、歌のネタになるかもしれないと思い、その姿を一目見ようと滞在先を突き止めたのである。


「それにしても、お姫様だって聞いていたのに、本当にこんな安宿にいるのかしら。」


こるんが辿り着いたのは、築何年経っているか分からないくらい古くなった宿屋だった。

貴族が宿泊するならもっと良いところがあっただろう。

こるんは不思議に思ったが、ひとまず中へ入ってみようと思い、入り口の木の扉に手をかけた。

その時、ドアが急に開いた。


「少し出てきます。」


見えたのは女性の後ろ姿。

髪の毛を頭の後ろでまとめた女性。

その立ち姿は一目見ただけで、戦士のものだと分かる。

皮の胸当てと動きやすそうな服装。

手には扱いやすそうな長剣を持っている。

ドアの前に立っていたので、こるんは咄嗟に彼女を避けた。


「これは、失礼しました。」


女性は一礼すると、こるんの横を通って宿屋を出て、街の雑踏に向かって行った。

一瞥すると冒険者や魔物ハンターに見えなくもないが、こるんは彼女の動作に隠しきれない貴族の娘としての振る舞いを見た。


「森の戦姫ユーリさんか。ちょっとお近づきになってみたいけど、怖い感じするから、男の人とか寄ってこないかも。」


吟遊詩人はユーリの後ろを追いかけていった。

その目は新しいおもちゃを見つけた子どものように輝いていた。


「ユーリさんの顔、たしかにちょっと怖いですよねえ。別の世界では、今日は男女の逢瀬の日だというのに困ったちゃんですね。」


こるんがユーリと宿屋で邂逅した場面を遠く離れたハザマノセカイから見ているのは大天使ミコエルだった。

こうして、時々、地上の様子を見るのはミコエルの楽しみの1つだ。


「TOMOKI++さん、ユーリさんのこと、もうちょっと柔らかい感じになるように、運命のお相手と出会うくらいのことをしてあげてくださいな。」


大天使ミコエルは、運営神TOMOKI++のところに遊びに来ていた。


「そんなことで私たちが世界に介入していたらえらいことになりますし、ミコエルさん、人間の恋愛事情好きすぎるでしょう。」


TOMOKI++さんは、最近、レミルメリカの運営に忙しいようだ。


「いいじゃないですか〜、恋は人を変えるといいますし、もしかするとユーリさんも恋で変わるかもしれませんよ〜。」


こと、恋愛のことになると、ミコエルは熱の入れようがちがってくる。


「それでもダメです。」


TOMOKI++さんは許可しない。


「ケチですよ〜。」


ミコエルは羽をパタパタさせている。


「ダメですよ、ミコエル様。TOMOKI++さんを困らせては。」


止めに入ったのはまきの……いや、まきエルだった。


「そうですよ、ミコエル様。そういうことは、神ではなく、人同士が育むものです。」


まきエルに同意を示したのはモケケだ。

ボディガードとして、ミコエルと行動を共にしているようだ。


「え〜っ、まきエルとモケケちゃんまでそんなこと言う。」


ミコエルはそう言いながらもとても楽しそうにユーリたちのいる地上の様子を見ている。

レミルメリカの治安を見守るのも彼らの大切な仕事なのだ。


「そういえば。他の人たちは何してるのかな〜。」


ミコエルは、魔法で見ている地上の場面をかなり変えた。

ミコエルの目の前にできたのは海洋の国、プリズムの国の様子。

プリズムでは、ミコエル海底神殿でのぐへへPとの会談の準備が行われていた。

しょこらどるふぃんがあくせく動き回っているのが分かる。

セレスティアに使者を送り、なんとか会談の目処がたったが、次は海洋評議会に議題を通さねばならない。


「私はこういう調整役には向いていないんですけどね。」


ミコエルに見られているとは知らず、しょこらどるふぃんは走りまわ……いや、泳ぎ回っている。


「しょこらどるふぃんさん、最近、お忙しそうだから、七夕とか教えてあげてもできなさそうですねえ。」


ミコエルは再び場面を切り替える。そこに映ったのはプロムナードの塔であった。


「藤杜さん。KAIさんから入った情報によると、今宵は七夕なる愛し合う者たちのための祭りの日。つまり、実質"ゆかいあ"です。」


キマシタワーPの言葉に藤杜が答える。


「承知しています。すでにプロムナードの街には御触れを出しました。町の一部では、ゆかいあを讃える催しを開催する運びとなっているようです。」


実質ゆかいあ。

キマシタワーPにかかれば、あらゆる事象はゆかいあへと帰結する。


「ゆかいあの愛がプロムナードを彩る。なんと素晴らしいことではありませんか。」


キマシタワーPは、今日も塔から地上を見下ろしている。


「キマシタワーP様、それと少しご報告が。KAIさんからの連絡によれば、セレスティア王国は、学園に剣闘師団のボンドPと、魔法師団の小金井ささらを派遣することを決めたそうです。」


藤杜からの報告にキマシタワーPは反応した。


「ほう、三国さんですか。我々とは多少ちがう思想をお持ちの方ですが、うむ、月と星の女神も尊いものであることにはちがいありません。ああ、ゆかいあが輝いていて今日も世界が眩しい。」


最後の文は必要なかったのではないだろうかというツッコミを入れることは許されていない。藤杜は続ける。


「プロムナードからも誰かを派遣されてはいかがですか?幸い、今日は祭りもありますし、多くの者が街に出ておりましょう。」


学園に剣闘師団と魔法師団が派遣されるなど異例の事態だ。

何かあるに違いない。藤杜はそう判断した。


「ゆかいあの導きがあるなら、誰が行くかはすでに決まっているでしょう。」


キマシタワーPと藤杜によって、プロムナードから学園へ誰かが派遣されることが決定した。


同じ頃。

セレスティアの首都クロスフェードの近郊にある森の中。


「や〜ん、やっとちゃんも変身できるようになった〜。」


幼い少女が1人、湖のほとりでしゃべっていた。

突然、その姿が変わる。

現れたのは兎の姿をした男。


「まだ暴れ足りませんか……?」


どこかで聞いたセリフが再生される。

再び、その姿は溶けるように変化し、次に現れたのは剣闘師団の団長、kentaxの姿だった。


「暴れたりねぇなぁ、足りねえよ。まさか『マケッツ』まで出張ってきやかるとはな。しかし、クリスエスさんになんて言やぁいいかなぁ。失敗しちまったしよぉ。」


さらに、姿が変わる。

出てきたのは、はなぽさんの姿だった。


「別の手段を考えるしかありませんな。ですが、次に会った時には必ずリベンジしてみせますぞ。」


ドロリと溶けた姿がまた別の姿を形作る。


「この擬態の夕立Pの名にかけてな。」


そう言うと、夕立Pは湖の中へ溶けるように消えて行った。

湖の横では、笹の葉が風に揺れている。

夕立Pが湖に姿を消した後、そのすぐ近くをタダトモさんが歩いていた。

タダトモは協会の依頼をこなすため、湖のほとりにある森の小屋を目指していたのだ。


「ここか。」


依頼の内容は森の小屋の検査である。

簡単な依頼だが、検査士にはこういった依頼もわりと多い。

ミライノートを発動し、小屋の耐久性を確認する。


「うん、大丈夫そうだな。」


タダトモはメッセージで協会に依頼の完了を報告すると、湖のほとりに立った。

ふと見ると、水面に笹の葉が浮いている。

そういえば、クロスフェードの街では、誰が言い出したのか、笹を飾ってそこに願い事を書くという行為が今年から行われているらしい。

噂では、図書館でそんな話を聞いたと言っている人が多いようだ。


「笹か。持って帰って家に飾ろうかな。」


タダトモは、少し小さめの笹を手に取ると、それを手に持って湖を立ち去った。

それぞれの七夕の日常は、瞬く間に過ぎて行く。

これを目にしている者たちが暮らす場所とは異なる世界。


ここはレミルメリカ、ボカロ丼とつながる別世界である。

 
 
 

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