森の戦姫:アナザーストーリー(時系列5)
- DOYLE

- 2019年6月15日
- 読了時間: 2分
鬱蒼と茂る森の奥。
彼女は身を潜め、獲物が動くのを待っていた。
目の前にいるのは鹿だ。
首を下にして夢中で草を食べている。
群れとはぐれたのか、他の鹿がいない。
満足したのか、鹿は無防備に首を持ち上げた。
その瞬間、彼女は草陰から飛び出し剣を振るう。
「ウインドエッジ」
そう唱えると同時に剣から風の刃が鹿に向かって飛ぶ。
鹿は音に反応して逃げようとするが遅い。
彼女の飛ぶ斬撃が鹿の首を切り落とした。
「やった。」
倒れた鹿の側に歩み寄り、死んでいることを確認する。
仕留めた鹿の血抜きをして切り分けて持ち帰る。
ここは彼女にとって庭のようなものだ。
幼い頃からこの森で育ってきた。
毎日のように森を駆け回り、時には狩りをして、時には川で泳ぎ、森と共に生きてきた。
この場所だけが、彼女を本来の自分に戻してくれる。
鹿の肉を持ち、森を出ると、そこには人が立っていた。
森には似つかわしくない燕尾服を身につけている。
「爺や…どうして。」
彼女はとても嫌そうな顔を見せる。
爺やと呼ばれた人物は、全く意に介さない様子で言った。
「お迎えに上がりました。」
爺やの後ろには馬車が控えている。
「最後だから今日1日自由にさせてと言ったはずだけど?」

(written by 立花いな実)
彼女は人が苦手だった。
人が嫌いなわけではない。
ただ、相手の気持ちを読み取ることに慣れていないのだ。
だから、彼女は森で自然と触れ合っていた。
彼らに言葉はない。むしろそれが心地よかった。
「ご主人様が予定を早められたのです。すぐにでもお戻りください。」
どうせ逆らったところで無駄だ。
彼女は爺やが現れた時点ですべてを諦めていた。
いつもそうだ。
私の思い通りになることなんて何もない。
だから、私は「何もしない」ことを決めた。
王族としての使命?
王族としての責任?
そんなものは知らない。
「わかりました。」
彼女は鹿の死体が入った袋を爺やに手渡し、目の前に用意されていた馬車に乗り込む。
しばらくこの森ともお別れだ。
彼女はこの後、セレスティアにある学園に通うため、慣れ親しんだ土地を離れる。
学園に通うのも、未来の王族たちとの関係をつくるという目的のためだ。
私は国なんてどうだっていい。
「今夜、お立ちになる前には鹿肉を使った料理をお出し致します、ユーリ姫様。」
「姫って呼ばないで。」
彼女は刀の柄を握りしめた。
まるで、自分の信じるものはこれだけだと言わんばかりに。
コメント