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招かれざる客:アナザーストーリー(時系列20)

  • 執筆者の写真: DOYLE
    DOYLE
  • 2019年7月13日
  • 読了時間: 18分

凡戰之道、位欲嚴、政欲栗、力欲窕、氣欲閑、心欲一。


『司馬法』厳位第四の序文を再読した所で壁にある時計に目をやると、すでに丑の刻を回るところであった。古典を読むのは真に楽しい。何千年という時を経た書物で、しかも学の足りぬ考古的好事家の玩具でなく、現代に至っても興味を惹くもの、これが古典である。古典は単なる古書ではない。良き古典の語るところは、現代の活きた現実に触れる。私はいつも古典を読んで、驚くほどに現代を知るのである。


猫の夕餉を袂に置いてからしばらく、授業で使う教材となりうる『武経七書』を図書館の階下に探しに来たのであるが、見つけるやいなや久方振りの古典の味わいに時を忘れて浸ってしまっていたらしかった。夕餉を終えた猫もいつの間にか膝の上で丸くなっていた。


「そろそろ帰りましょうか。」


猫の背を撫でながら読みかけの『司馬法』に栞を挟み込む。神代の時代にいづこともなく持ち込まれた戦いの書物。孫子なる人物が、過去、レミルメリカにいた記録は残っていない。しかし、過去のレミルメリカの偉人たちは『武経七書』『三兵戦術の基礎』『築城技術知識ガイドブック』等のいつどこの物かも知れぬ書物を読み解き、同じ名前でレミルメリカに浸透させた。すでに、これらが別世界の書物であることを知る者はほとんどいない。"司書"である私ですら「司書」になり、図書館の最下層であるこの場所で、隠り世の原著に当たるまで真実を知るに至らなかった。


刹那、私は猫の耳がピクリと跳ねたのを見逃さなかった。


「こんな時間にご来館のお約束はしていなかったのですけどね。」


ニャーーーン。


切身魚が本の表紙を閉じると同時に、彼女の姿は音もなく闇の中に消える。地下三階には姿のない猫の鳴き声だけが響いていた。


「ここがセレスティアの図書館か。随分と楽な仕事だぜ、まったく。」


男は情報を集める依頼を受けていた。

それは「例の4人」に関する情報である。

名前、顔、スキル、容姿……あらゆる情報が秘匿されている彼らが、かつて世界に現れた記録があると言う。


それはレミルメリカ全土を巻き込んだ戦争の少し前のこと。クロスフェードの市街地の外れに住むもはやろくに話すこともできなかった老人が、死に際に「あの4人を世に出してはならん、戦争が起こる。」と言い残したそうだ。最初は何のことかは検討も付かなかったが、どうやら図書館にはこれまでのレミルメリカの歴史を記した本があるらしい。それを見れば、全てが分かるはずだった。


しかし、事はそう上手く運ばなかった。昼に図書館を訪れた時、司書に閲覧を断られたのだ。地下三階に収められている書物は許可なき者は何人たりとも閲覧を許されない、と。それならば実力行使を取るほかない。この男の能力ならば潜入には苦労しない。


男は身体を液体に変化させ、音もなくドアの隙間から図書館へと入り込んだ。


本の発する独特の香りが男の気分をそれとなく高揚させた。ふと見ると、受付の灯りがまだ付いている。まさかこんな時間に司書がいることはあるまい。


消し忘れたか、常に灯しているのかは知らないが、そんなことはどうでもいい。目的のものを見つければ他のものは必要ない。


「さて、降りるか。」


地下三階に行くため、一階から階段を降りようとした瞬間、男は異様な浮遊感に包まれた。階段を降りたはずなのに、なぜか降りている気がしない。なんだこの異様な感覚は。


「大勢でのご来館かと思いましたが、あなたお一人ですか。こんな夜更けにどちら様でしょうか。」


男の目の前には、例の司書が浮いていた。


「おっと、こんな時間に司書様はまだお仕事ですか?」


まったく気配を感じなかった。まるで突然目の前に現れたかのようだ。冷徹な目がじっとこちらを捉えている。


「質問しているのは私です。もう一度聞きます。どちら様ですか?」


かなりのプレッシャーを感じる。昼間に受付で見た時とは別人のようだ。


「ああ、はいはい。俺はkentax、剣闘師団の団長だよ。」


剣闘師団団長・kentax、言わずと知れた男であるはずなのだが……。


「私はあなた様ご本人のことをお聞きしています。人前で他人の名前を名乗るのは不躾ですよ。それに……どうやら何名もいらっしゃるご様子なので。」


どうやら、すべてを見透かしているようだ。


「どういう能力か知らないがやるじゃないか、司書さんよ。」


kentaxの顔がぐにゃりと歪む。そして……


「まさか私の擬態がバレてしまうとは思いませんでしたな。」


はなぽの姿が現れたかと思うと、すぐさま姿が切り替わる。


「私の正体に、気づいた、者は、あなた様で、3人目ですよ。」


次々と変わっていく姿。

もはや性別や種族すら異なっている。


「図書館の中で起こることは全てわかりますよ、司書ですから。あなたの実態はスライム種ですね。」


その声には賞賛への喜びの感情など一切こもっていない。あるのは明確な敵意。


「その通り。俺は突然変異した力をもったスライム。名はたちやん、夕立Pの称号を持つ者だ。」


夕立Pはそういうと身体を再び変化させた。


「名乗って頂いたのですからこちらも名乗りましょう。私は司書。蛮族暴徒から知の殿堂を守る者。切身魚と申します。」


先に仕掛けたのは夕立Pだった。見た目は誰とは分からない男の顔になっているが、腕の部分が変化したかと思うと、突然、分銅のついた鎖鎌が顕現する。


「くらえ!」


空気を切り裂くような重い音を立てて、分銅と鎖が切身魚に向かっていく。


「その程度では当たりませんよ。」


空中にいる切身魚は器用に横に避ける。


「甘い!」


避けたところで夕立Pが鎖を操ると、先についた分銅が切身魚の避けた方向へと曲がって追跡した。


「私は甘くありませんよ。」


切身魚の顔の手前で分銅がピタリと動きを止める。


「それがあなたのスキルですか、切身魚さん。」


夕立Pは口元を歪めて笑っている。

この顔を切身魚は知っている。

狂気の笑顔だ。


「ええ、かつて古代エジプトの首都アレクサンドリアで起きたヒュパティアの悲劇。それを繰り返さぬために編み出されたアレクサンドリア式図書館防衛術。そのすべてを体現するのが私のスキル"モノローグ"ですので。」


そう言うと、止まっていたはずの分銅の先が軌道を変え、夕立Pに向かって飛んでいく。


グシャッという音を立てて、夕立Pの顔の半分が吹き飛んだ。


「痛いじゃないですか、切身魚さん。お陰でイケメンが台無しですよ。」


スライム種に打撃はほとんど効果はない。

形を変えて衝撃を逃してしまうからだ。


「鎖鎌で捉えられないのなら、魔法ではどうですかね?本もろとも壊してあげます。」


いつのまにか、夕立Pは魔法師団団長の泡麦ひえに姿を変えている。

放つのは泡麦ひえの得意とする雷の魔法。広範囲にわたる一撃は発動すれば避けられない。


そして、もしこれを防げなければ……


「ほらほら、大切な本が燃えちゃいますよ。"ライトニング"。」


夕立Pの手から雷の筋がいくつも放たれる。


「本を傷つけることを司書の私が許すとでも?」


周辺に散ったはずの雷がなぜか切身魚の方へと集まっていく。


「ちっ、何をした。」


夕立Pの言葉に切身魚は手の中にある小さな塔のようなアイテムを見せる。


「雷の魔法を集め、閉じ込める魔道具、避雷針です。図書館には色々とございますので。」


スキルじゃなかったのか。夕立Pが驚いた様子を見せると、切身魚はそのまま続ける。


「すでにスキルは発動しておりますよ。」


その言葉と同時に夕立Pの周囲が淡く光る。

いつのまにか、夕立Pの足元は何かの液体で濡れていた。


「その液体はすぐに気化しますので大切な本が汚れることはありません。そして、この図書館の中で私が敗れることはない。」


切身魚の言葉と同時に、階段の周囲にあった本棚がギシギシと音を立てると、大きな音と共に様々な方向へと、動き始めた。


「ほう、これはこれは。」


夕立Pは周りを見渡す。


「この図書館は私のスキルによって維持されているもの。ならば、動かすこともできましょう。」


切身魚は、スキルによって様々な工作を行うことを可能としている。

しかし、その能力は特定の場所で限定的に効力をあげるものだった。

切身魚は、かつて、本に"魅入られた"少女だった。

それは彼女のスキルそのものが図書館という場で効力を高めるものであったからだ。


ゆえに、図書館は彼女の世界。今、夕立Pはその世界に取り込まれつつある。


「そういうことですか。場所を選ぶとはいえ、なんというスキル。まさか、この図書館全体があなたの手の中とは。」


夕立Pはこの空間に取り込まれぬよう、その場から跳ぼうとした。


「なっ!」


跳べない。足が地面に固定されている。


「気化すると申し上げたはずです。その液体は凝固剤、スライム種に物理的な攻撃を当てるため、一時的に身体を硬直させるものです。」


どこまでも準備が整っている。

まさかスライム種にまで対策がされているとは夕立Pも予想していなかった。


「俺をここに閉じ込めようってのかい?」


夕立Pはまた別の者に姿を変えている。


「あなたは捕獲して剣闘師団に引き渡す予定になっております。"ミスト"。」


夕立Pと切身魚の周りに霧が立ち込める。


「身体が動くようになったら、今度はミストか。次はこの霧に凝固剤でも混ぜ込む予定かな?」


切身魚は答えない。


「じゃあ、仕方ない。宙に浮いてて、生半可な攻撃じゃ当たりそうにないからな。あんたには特別に俺のスキルを見せてやるよ。」


そう。夕立Pがこれまで使っていた"擬態"はスキルではない。スライム種の突然変異によって身につけたいわばオマケのようなものだ。


切身魚は警戒を怠っていなかった。彼女は自身のスキルによって図書館内のあらゆる物を手元に引き寄せることも可能である。先ほど本棚を隠したのはその逆の力、本棚を引き離して別の空間を作り出しただけである。


スライム種への攻撃の基本は、固めて殴って割るもしくは魔法で消しとばすである。だが、切身魚にはそれほど強力な魔法はない。


彼女の得意分野は闇魔法だが、「影移動」「影浮遊」のような補助的な魔法が主である。スキルによって、近接格闘や武器の類を用いた攻撃もでき、工作を行うこともできる。あらゆる攻撃に対して、大切な本を守るために力を使うことができるはずだった。


「スキル"ジャッジメント・ザ・デイ"」


夕立Pがそう叫ぶと、突然夕立Pの身体が赤く発光し始めた。


「赤い光?なんであろうと、まずは発動までに動きを止めます。」


霧に紛れ込ませて凝固剤を散布する。これで動きを止められるはずだ。


ボコボコボコボコ、ボコボコボコボコ


何の音だろう。

よく見ると、夕立Pの身体から赤い蒸気が立ち上り、周囲の霧が徐々に晴れている。


「沸騰?」


切身魚の常識の中にはない現象だった。スライム種にこんなことはできない。


赤い蒸気が霧の代わりに夕立Pを包む。


「ぬううおぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


夕立Pの身体が最大限に赤く光ったかと思う

と、ミストの魔法が打ち消された。

晴れた霧の先に夕立Pはいない。


バサッ、バサッ、バサッ


これは……羽音?

切身魚は上を見上げた。


「まさか……。」


切身魚の上にいたのは、赤く燃える火の鳥だった。


全身が燃え盛り、頭も羽根も尾も、あらゆる場所に火が灯っている。長い嘴、鋭い眼光、すべてが威圧的だ。


「"ジャッジメント・ザ・デイ"は、自身に空想上の怪物、不死鳥"朱雀"の力を宿すスキル。擬態は使えなくなりますが……。」


夕立Pが羽根を思い切り羽ばたかせると、羽根から炎の渦が舞い上がり、切身魚を襲う。


轟音と共に炎の渦が着弾し、爆風が起こったが、渦が消えた後にも切身魚は浮いていた。

何かで防いだようだが、手には少しばかり火傷の跡がある。


「パワーだけなら段違いですよ。」


スライム種がまさか不死鳥の力を使うとは想定外だった。不死鳥はその名の通り、いくら攻撃を受けても再生を繰り返す。見た目の通り、炎の技を使うようなので、おそらく水や氷の魔法であればダメージを与えることはできるが、再生能力を上回るダメージでなければ倒すことはできない。


そして、今の切身魚の手元にある魔道具などではそこまでのダメージは望めない。


しかし、諦めるわけにはいかない。ここは私の図書館だ。


「力ばかりが勝敗を左右するものではありませんよ。」


切身魚は魔法を唱え、夕立Pと同じ高さまで浮遊する。

あの炎を何度も出されてしまっては、万に一つも本が焼けてしまうかもしれない。


「先ほどの凝固剤を使った時に、殺していれば何とかなったかもしれませんが、時すでに遅しですね。あなたをこの空間ごと消しとばしてしまえば、図書館は元に戻るのでしょうし。」


夕立Pは切身魚に向けて攻撃をしかけようとしている。

空間ごと消しとばすと宣言するほどの一撃だ。


「あなたにこの図書館で好き勝手にさせるわけには参りません。"モノローグ"。すべての本を守る力を私の元へ。」


スキルによって手元に引き寄せられたものは一冊の本。


「あまり使いたくありませんが、私のスキル、モノローグにはもう一つの力がございます。」


ビリッ。切身魚が突然、本のページを破る。

司書が本を破るなどあってはならない行為。

だが、この行為にはそれに見合う対価がある。

破ったページを空中に投げると、光りを放ち、姿を変える。


「ヒュパティアはキリスト教徒に虐殺され、アレクサンドリア図書館は異端とされ破壊された。その悲劇を具現化するのが私のスキル。私は本の一部を千切ることで、その場に出るものを一時的に召喚する。」


自ら本を破るという行為は、司書である切身魚にとって、自らの身体を引き裂くようなものである。


まるで牡蠣の殻に身体を切られたヒュパティアのように。だからこの力は使いたくない。


切身魚が破ったページから召喚されたのは、一本の槍。


「ほう、その槍は……グングニルか。」


夕立Pが魔力を貯めながら切身魚の召喚した槍に興味を示した。


「そう。アース神族とヴァン神族との争いで、オーディンが投げた名も知らぬ槍。それが後世に名付けられたもの、神の槍"グングニル"でございます。」


切身魚が破ったのは『巫女の予言』の1ページ。

ハウク・エルレンズソンの『ハウクスボークに』に収められた一節である。


「面白い、神の槍と我が不死の炎、どちらが上か試してやる。」


夕立Pの嘴の前に種族されたエネルギーが集まり、全身を包み込んでいく。

おそらくエネルギーを纏わせたまま、こちらへ突っ込んでくるつもりだろう。


切身魚は闇の魔法をグングニルに上掛けする。グングニル、神の力に闇魔法の力が重ねられた。槍の穂先に闇のエネルギーが渦を巻いている。


「ゆくぞ、切身魚。"ゴッドバード"」


「夕立Pを止めてください。"グングニル"」


2つの力がぶつかり合い、大きな衝撃波が起こる。炎と光の激突は光の奔流を撒き散らしながら、空間すべてを飲み込んでいった。


衝撃波が収まったあと、空間は元に戻っていた。


図書館は最初に夕立Pが侵入したときと同じ様子だ。

切身魚のスキルが解けたのだろうか。2人の姿はない。


少し経って、周囲の空間が歪んだかと思うと、そこから切身魚が姿を現す。


しかし、その全身は傷ついており、右肩から下は手をダランと垂らしたままになっている。衝撃波で肩を脱臼したのだろう。力を使った反動なのか先ほどのように浮遊せず、地面に立ち、肩で息をしているのが分かる。


「グングニルを使ったのはやり過ぎだったかもしれません。」


強い武器などを召喚するためには莫大な魔力を消費する。

グングニルは神の武器。もはや使えて一日一度が限度だ。

魔力を使いすぎたせいで、図書館の隔離空間を維持できなくなってしまった。

夕立Pは倒せたのだろうか。


そう思った瞬間だった。


ボッという音と共に空間に火種が灯る。


いけない。

そう思った時には遅かった。


小さかった火種が即座に大きくなり、鳥の形を作っていく。


バサッ、バサッ、バサッ……


炎の中から無傷の火の鳥が姿を現わす。


「さすがは神の槍。相当な威力でした。さすがの私もそれなりの魔力を消費してしまいましたよ。」


グングニルをくらってなお、あの姿を保って居られるとは、底が知れない化け物だ。


「夕立Pさん、まだおやりになりますか?」


切身魚は満身創痍だ。


「そうですね。あまり魔力は残っていないのでセレスティアの歴史書だけ頂ければすんなり帰るつもりだったのですが、どうやらあなただけは殺しておかないと後々厄介なことになりそうなのでね。」


そういうと、夕立Pは羽根に魔力を集め始めた。

先ほどの炎の渦だろう。

もう一度、あの技を防げるだろうか。

切身魚は、本のために残された力を振り絞って、夕立Pの前に立ちふさがった。


「モノローグ。守りの品を私の手に。」


辛うじてスキルは発動した。


「それでは、切身魚さん、図書館の本だけは焼かずに残して差し上げますよ。"ほのおのうず"」


夕立Pの羽根から炎の渦が巻き起こり、切身魚の方へ向かう。

引き寄せたアイテムは一時的に炎の威力を弱める鉱石だけ。

おそらく耐えきれないだろう。

目の前に迫る炎を見ながら、切身魚は覚悟を決めた。


「そこん鳥さんよぉ、図書館じゃあ静かにしろいうて習わんかったんかい?」


切身魚の目の前に立つ、一つの影。

炎の渦は巨大な斧によって切り裂かれていた。頭に生えた2本の丸く大きな角。初見で羊を模したものだと分かるその角は彼らの種族の代名詞である。淡い緑と青の入り混じった髪。子どものようにも見えるが、幼さよりも整った顔立ちが目を惹く。簡素な鎧を身につけているが、体躯よりも大きく見える斧を軽々と担ぐ。



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「ラムド……さん?」


切身魚は力なく声を発する。ラムドと呼ばれた青年の足元には、切身魚の猫が立っていた。猫は切身魚の様子を見ると心配そうに近寄ってくる。


「救難信号を受けたけぇ助けに来た。まさか猫を使いに出してくるたぁ思わなんじゃけぇ最初は何かわからんかったがな。」


切身魚は夕立Pの侵入に気がついた時、外に猫を放ち、冒険者・魔物ハンターの協会に向けて救援を頼んでいた。この時間帯に誰がいるかは分からない。誰かが気が付いてくれるかも分からない。それでも切身魚は賭けたのだ。


「猫の言葉が通じる獣人がいてえかったの。命拾いしたぜぇ、切身魚さん。」


ラムドP。師範とも呼ばれる。若くして様々な芸事に通じているとも言われる。普段はセレスティアとアビサルを繫げる使者の役割を果たしているが、暇になると冒険者の真似事をしているとは聞いていた。




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しかし、このタイミングでセレスティアに来ていることは切身魚は知らなかった。


「ちょうどセレスティアに来る用事があって、ついさっき協会に顔を出したら、入り口でこの猫が騒いでたんで。」


ラムドPは笑いながらも夕立Pへの警戒を解いてはいない。


「俺の炎の渦を斧一本で弾くとは、強いな、貴様。」


夕立PとラムドPは正面から向かい合う。


「ほんに好き勝手にやってくれたのぉ。でもな、鳥さん、切身魚さんが、わざわざ助けを求めるような事態に、わしが一人で来たゆぅて思うとるんじゃと?」


ラムドPは笑いながら言い放つ。


「何っ?」


ラムドPの言葉と同時に巨大な氷の塊が夕立Pに襲いかかった。


「ぐおおおおっっ。」


氷塊が夕立Pに激突する。どれほどのダメージを与えることができたのかは分からないが、今の呻き声は苦痛によるものだろう。


「切身魚さんの攻撃は無駄じゃなかったようじゃのぉ。」


ラムドPは切身魚を守っているのか、その前から動こうとしない。


「何者だ!」


夕立Pの声が図書館の中に響く。


「むっ!そこかぁ!」


夕立Pが羽根を震わせると、火のついた羽根が何枚も暗がりに刺さる。


「バレてしまいましたか。あまり隠れるのは得意じゃないですし、仕方ないですね。」


夕立Pの攻撃は全て氷壁に遮られていた。


「ズクさん、ちょっと任せてええかい?」


ズクと呼ばれたのは、帽子を被り、全身を白い服に身を包んだ男だった。


「切身魚さんを回復するくらいの時間は稼いでおきますよ。どうやら相性も良さそうですし、このラングドシャPにお任せあれ。」


Zutqと書いてズク、ラングドシャPの称号を持つ男。

セレスティアを中心に冒険者をしている氷魔法の使い手である。



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「氷使いごときが、この夕立Pの炎を止められるものか。」


夕立Pの口から放たれた炎の熱線が一直線にラングドシャPに襲いかかる。


「おっと、鳥さん。そんな単調な攻撃じゃ、俺の氷は溶かせないよ?」


ラングドシャPは目の前に分厚い氷を作り出し、熱線を受け止めた。

氷の中央に赤い穴が空いたが貫通するには至っていない。


「おのれぇ、そんな氷で。むっ、そうか、わざわざお前を狙わずとも。」


夕立Pは向きを変え、ラムドPと切身魚の方を見た。


「おいおい、そっちはダメだって、お前の相手は俺でしょ。」


ラングドシャPは氷のつぶてを夕立Pに向かって放つが、羽根を掠めたのみである。


「ラムドとやら、そこで切身魚を守っていては動けまい。くらえ、"ほのおのうず"」


まだ魔力が尽きないのか、再び炎が切身魚たちの方へ向かっていく。


「ラムドさん……避けて……ください。」


ラムドPは切身魚に回復の魔法をかけているところだ。


「もうちぃとじゃけぇ動くなや、切身魚さん。」


切身魚の傷は思ったより重症だ。魔力が枯渇していて、うまく傷がまだ塞がり切らない。


「それに、ここに来とるんは2人ばっかしじゃぁねえからなぁ。」


その言葉が終わらぬ内に、ラムドPの背後に迫った炎の渦が"何かに呑み込まれたかのように"消えていく。


「あんたがこの国にきちょるこたぁ分かっとったし、呼んでおいて正解じゃったよ、なぁ、喜兵衛さん?」


ラムドPと切身魚のいる場所のさらに後ろ。

いつからそこに居たのか、本棚の前には雄々しく立つウサギの獣人の姿があった。


「私がこの国にいるからと言って、こんな時間に急に呼び出していいわけではありませんよ、ラムドPさん。」


暗い本棚の陰からゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「喜兵衛…….喜兵衛だと!まさか"マケッツ"かっ!」


夕立Pが驚きの声を上げる。


「"マケッツ"……そんな。」


切身魚も驚いているようだ。


「わしとあんたの仲じゃないか、こりゃあ貸しにしとくけえ。」


ラムドPは気さくに話しかけているが、とてつもない大物だ。



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"マケッツ"、それは膨大な魔力を持ってレミルメリカに月の女神を召喚した"生ける伝説"の者たちの総称。それぞれが月の女神の加護を受けたレアスキルを持ち、その所在はほとんどの者が知らず、"世界の危機"にのみ動くとさえ噂される存在。


「あなたには貸しを踏み倒されてばかりですからね。まあ、今回は人助けということで、許して差し上げましょう。それで……夕立Pでしたか。まだ暴れ足りませんか?」


喜兵衛が夕立Pの方を見る。


「くっ……。」


ラムドP、ラングドシャP、そして喜兵衛。いくら夕立Pでも、グングニルと相討った後の魔力でこの3名を相手にするのは無理がある。


「少し熱くなりすぎたようです。ここは、退散するとしましょう。」


夕立Pは自らの周りに炎を纏わせると高く飛び上がり、図書館の屋根を突き破って外へ飛び去っていった。


「逃げちまったけど、良かったのかい、捕まえなくて。」


ラングドシャPはまだ暴れ足りないといった様子だ。


「切身魚さんを助けることが目的じゃけぇ、今回はここまでにしときましょうや。次の時に捕まえりゃぁええ。」


ラムドPの回復魔法が終わり、切身魚は身体を支えられながら立ち上がった。


「皆さん、ありがとうございました。私の力が足りないばかりに多大なご迷惑を。」


切身魚は頭を下げる。


「切身魚さんに大事がなくて何よりです。それにこちらこそ、最後まで隠れていて申し訳ありませんね、あまり人前に出るのは慣れていないものですから。」


喜兵衛さんも頭を下げる。


「いえ、おかげで助かりました。でも、ラムドPさんが猫に気がついてくれていなかったらどうなっていたことか。」


あのまま、夕立Pの炎を受けていたら確実にこの世にはいなかっただろう。


「困った時はお互い様じゃけぇ気にせんでええ。まあ、今度、美味しいもんでも食べさしてつかぁさい。」



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ラムドPは笑いながら斧を担ぎ直す。彼なりの照れ隠しなのかもしれない。


「ラングドシャPさんも、ありがとうございました。」


切身魚はラングドシャPにもお礼を伝えた。


「協会から出たところをラムドさんに連れてこられただけだし、俺も大したことはできてないからねえ。」


そう言いつつ、少し嬉しそうに笑っている。


「さて、私は帰りますよ。ほら、もう朝になってしまいます。」


喜兵衛が天井に空いた穴を指差す。全員が天井を見上げると、もう空が白み始めていた。切身魚は足元に擦り寄ってくる猫の感触を確かめつつ、改めて3人に感謝を伝えるのだった。

 
 
 

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