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  • 執筆者の写真DOYLE

小さな火種:アナザーストーリー(時系列24)

原初の国・アビサルは北側に灼熱に燃える山を有し、南側には熱帯雨林と長い川を有する未開拓の大地が多く残る。


レミルメリカではかなり北に位置している国のはずだが、常にマグマが噴き出すような灼熱に燃える山々がある場所があることで、年間の気温はかなり高い。


そのため、国の南側には熱帯雨林が広がっており、レミルメリカで最も長い川もこの国の中に流れている。セレスティアを自然の国とするなら、アビサルは自然が完成される前の原初の場所。


それゆえに原初の国。


アビサルはその過酷さゆえに人間はほとんど住んでいない。

代わりに、過酷な環境に自らを適応させた獣たちが集っていた。


かつてドイルたちを襲った春沢翔兎は、兎の獣人族で、この地で生まれ育った。

多くの者は成長すると、独り立ちのためにアビサルを離れ、世界各地へと散らばる。


獣の力を宿す者たちは力も相応に強く、巨大な斧を自在に振り回す羊の獣人・ラムドp、『マケッツ』のひとりとして伝説に刻まれる喜兵衛もこの地の出身だと言われている。


アビサルの者たちはお互いに故郷の話をすることなどほとんどない。

過酷に生きるためだけの環境の話をしても仕方がないからだ。


そして、アビサルが原初の国と呼ばれる所以はそれだけではない。


このアビサルではレミルメリカで唯一『決闘』が認められている。

生き残るために戦い、強くなっていく。

それだけが自らの価値を認めさせる手段なのだ。


そして、今、熱帯雨林のある地区の獣人がまさに決闘をしようとしていた。


「くそねみぃ。」


片方に立つのは水色の毛皮をもつ兎の獣人。

寝起きなのか、寝不足なのか、フラフラしている。


「今日こそ勝たせてもらいます。」


熊の獣人だと思うが、かなり若く見える。


「いや、やる気だせよ、ひよわ。相手に失礼だろ……。」


そう言うのは、ハリネズミの姿をした獣人だ。


「そういうお前こそ、本気で戦ってやれよ、MrHedgehog。」


京橋ひよわ、そして、MrHedgehog。


獣人族の2人は、どうやら決闘を申し込まれたようだ。


「TAKUMIって呼べって。呼び方にこだわりはないけどさ。」


随分と気を抜いているようだ。


「油断!」


ミストファイナー。

若手の中でも最近メキメキと力をつけてきた熊の獣人だ。

どこから出したのか、巨大なハンマーを振り上げ、兎とハリネズミの獣人に襲いかかる。


「甘いっつの。」


京橋ひよわは、相手の動きを読んだかのように軽く身をかわす。

水色の毛皮がふさりと揺れる。


「じゃ、俺が行く。この後、ノヒトとの約束があって、後がつかえてんだわ。」


MrHedgehog、いやTAKUMIはクルリと身体を回すと、全身を針のついた球体に変え、ミストファイナーに向かって転がった。

ガリガリという音を立てながら、針が地面を抉り、そのまま突っ込んでいく。


「止めてやるっ。」


ミストファイナーは、ハンマーを前に突き出した。

真正面から受け止めるつもりだろう。

その瞬間、針の球体は鋭角に曲がり、ハンマーの横をすり抜けた。


「TAKUMIさんのそれは、自在に動くぞ。」


京橋ひよわの方は避けた後、反撃する様子もない。


「くそっ。」


ミストファイナーはハンマーを引き戻すが、TAKUMIの方が動きが早く、突っ込んできた球体を無理矢理にハンマーの持ち手部分で受け止めることしかできなかった。


「いてぇ!」


どうやら針が刺さったようだ。

ミストファイナーは、そのまま反動で後ろに弾き飛ばされた。

そして、針の球体が人の姿に戻る。


「俺の針は痛えだろ。でかい獲物でも、当たんなきゃ意味ねえわな。」


TAKUMIは笑っている。


「まだまだぁ!」


ミストファイナーは、再びハンマーを振り上げてTAKUMIに迫る。


「2人以上を相手にする時には、一方から目を離しちゃダメだと前にも教えたろ?」


TAKUMIがそう言った瞬間、ミストファイナーの真横から一撃が加えられた。


「うわっ。」


ガードが間に合わず、ミストファイナーはそのまま横に吹き飛ばされる。

ミストファイナーを横から強襲したのは、当然、京橋ひよわだ。

どうやら蹴りを入れたらしい。


「今回は『武器なし』ってハンデつけてるだけマシだろ?」


獣人族の多くは、自らのスキルに合わせた武器をもつことが多い。

ミストファイナーのハンマーがそれに当たる。

しかし、京橋ひよわとTAKUMIは、武器を持っていない。


「武器に頼ってるようじゃ、まだまだだ。ミストファイナー、振り回すだけが武器じゃないだろ?」


TAKUMIはミストファイナーがフラフラと立ち上がるのを見ていた。

そこそこのダメージを受けたらしい。


「『ハウリング』」


立ち上がると同時にミストファイナーが魔法を唱えた。

ハウリングは反響の魔法。

音を増幅し、敵を撹乱するものだ。


グオオオオオオ


熊の雄叫びだった。

音が周囲に拡散し、京橋ひよわとTAKUMIの元へも音の塊が飛んできたような衝撃を放った。


「荒っぽいねえ。」


TAKUMIが笑う。

ミストファイナーは、2人の動きを止めたと思い、再びTAKUMIに向かってハンマーを構えて突進してくる。


「それじゃあ、さっきと同じだよ。」


京橋ひよわは、素早くミストファイナーの死角に移動すると地面を蹴った。

再び蹴りを入れようとした瞬間、ミストファイナーはハンマーを地面に突き立てる。


「同じ手はっ……くいません。」


ハンマーの上部を地面に打ち付け、その反動で空中へ跳ぶ。

京橋ひよわの蹴りは空を切った。

ミストファイナーは、そのまま、空中に上がった反動を使ってTAKUMIに向かって蹴りを放とうとする。


「飛び上がるのは良いけどな、空中じゃ無防備だろ?『スピアニードル』。」


TAKUMIの魔法に合わせて、地面が盛り上がり、複数の巨大な針が現れた。

まるで槍の穂先のように問答無用でミストファイナーに向かってくる。


「まだまだぁ!」


ミストファイナーは空中で体を捻り、自分に向かってくる土の針を足で蹴った。

次々と地面から現れる針をミストファイナーは蹴りながらTAKUMIに向かっていく。


「いいじゃないか。熊の獣人にして、その身軽さは利点だな。」


TAKUMIはミストファイナーを待ち構える。


「いけっ、『勝利への一撃』」


勝利への一撃は、打撃用の補助魔法だ。

その効果は単純で、武器に付与することで与えるダメージを強化する。

ミストファイナーが立ったままのTAKUMIに向けてハンマーを振り下ろす。


ゴスッという音と共に、TAKUMIにハンマーがぶつかった。

ミストファイナーは驚きで目を見開く。

避けられるか、受け止められるかと思っていたのだ。


まさか、正面から受け止めるとは思っていなかった。


「いい一撃だが、俺の防御を破るには力が足らん。」


元々、ハリネズミの針のようなトゲは、体毛の一本一本がまとまって硬化したものである。

それゆえに、その力を持った獣人は防御に優れる。


魔法やスキルも使わず、ミストファイナーの一撃は防がれた。


そして、頭で受け止められたハンマーがそのまま力で押し返され、ミストファイナーはバランスを崩す。


「僅かな夢を抱いて眠れ、『スラムコーク』」


スラムコーク。

MrHedgehogことTAKUMIのオリジナルの魔法……いや、技である。

本来は、武器を併用し、スキルと魔法の効果と共に発動することで技となるが、今回は魔法の力のみを身体に使用しているようだ。


発動と同時に、TAKUMIの身体が肥大化する。

一回り以上の大きさに変貌し、そのままミストファイナーに一撃を加えた。


ズンッ


鈍い音と共にミストファイナーの身体に拳が刺さる。


「ッッッ。」


声にならない声をあげて、ミストファイナーは後方に数メートル吹き飛ばされた。


ガシッ


地面に激突する前に、ミストファイナーの身体は京橋ひよわによって抱きとめられた。


「こっちより先に寝ちまってるじゃねえの。TAKUMI、やり過ぎ。」


京橋ひよわは、気絶したミストファイナーを地面に寝かせる。


「む、加減を間違えたか。」


TAKUMIは頭をかいて困ったような仕草を見せた。


「それじゃあ、決闘の勝者は2人ってことで。」


突然、声が割って入る。


「おお、さこつさん、立会人をありがとう。」


TAKUMIが声をかけたのは、さこつという猫の獣人。

レッドカードpの称号をもつ者だ。


「いいけどさ。あとでちゃんと立会の報酬くれよ。」


さこつは、指でお金のマークを作って見せる。


「ミストファイナーからもらってくれ、あ〜ねみぃ。」


京橋ひよわは、欠伸を噛み殺している。


「さて、俺はそろそろ次の約束に行くとしよう。ミストファイナーが目覚めたら、決闘はまたいつでも受けると言っておいてくれ。」


TAKUMIはそう言い残すと颯爽と走り、その場から消えていった。


「忙しいやつだなぁ。しかし、いつまで寝てんだ?ほら、起きろ。」


京橋ひよわがペシペシとミストファイナーの頬を叩くと、ピクリと反応した。


「ん、んん。」


ミストファイナーが目を開ける。少しボーッとしていたが、すぐに状況を理解した。


「また勝てなかったか〜。つええな〜。」


起き上がったと思ったが、大の字になって再び地面に倒れる。

そう、ミストファイナーにとって決闘は恒例行事のようなものなのだ。


「あの2人を同時に相手にするとかどんだけだよ。」


さこつが呆れた口調で言った。


「強い人と闘わないと、強くなれませんから。」


ミストファイナーはハンマーを支えにして立ち上がる。

まだ戦い足りないという表情だ。


「立会人だからいいけどよ、俺は遠慮したいわ、結局スキルも武器もなしであの強さだしな。」


さこつは京橋ひよわの方をちらりと見た。


「さこつさんに言われたくありませんけどね。」


京橋ひよわも言葉を返す。

互いに強さが分かっているからこそ出てくる言葉だろう。


「お2人の強さは知っていましたが、これほどとは。」


ミストファイナーは、ここ最近、色々な相手と決闘を続けているらしいと、京橋ひよわも聞いていた。


「そんなに連日決闘ばかりして大丈夫か?」


京橋ひよわがミストファイナーに決闘を挑まれたのは、これが2回目。

Mr.HedgehogことTAKUMIは3回目だそうだ。


「俺は強くならなきゃいけないんです。」


ミストファイナーの言葉には決意と、そして焦りが見て取れた。


「強くなることに焦るのはよくない……って言っても聞かねえだろうな。」


さこつはため息混じりに小さな声で言った。

その言葉が聞こえたか聞こえなかったのか、ミストファイナーは懐からジャラジャラと音のする小袋を出すと、さこつに手渡し、くるりと背を向けて歩き出した。


「若さと言えば聞こえはいいが……一応、師範にも話しておくか。さこつさんも、一緒にどう?」


京橋ひよわは、心配そうにミストファイナーの背中を見つめていた。


「そういえば、ラムドp、セレスティアに行くって言ってなかったっけか。」


さこつは、ミストファイナーが立ち去ったのを見計らって京橋ひよわに聞いた。


「定期連絡のために冒険者組合に行く話は聞いたけど、たしか、まだ発ってないはず。」


アビサルは原初の国と呼ばれるだけあって、他の国との交流が多くない。

ラムドPはその状況を変えるため、自ら動いていると言っていた。


「そんなら行きますか。ミストファイナーくんのことも心配だしね。」


さこつと京橋ひよわも歩き出した。

このアビサルで力を求めることは決して悪いことではない。

生き抜くためには当然のことだ。


ミストファイナーはここ最近一気に力を伸ばしてきた。

熊の獣人族としての力も申し分ない。


しかし、長く戦いを生き抜いてきた者たちだからこそ感じる危うさがそこにはあった。

単に強い力を得るだけではそれはただの暴力だ。


ミストファイナーを鍛えながら、アビサルの戦士たちはその心の成長を心配していた。


原初の国、アビサル。

そこは決闘によって強さを証明する国。

力を求める者たちがいるその国に、いまはまだ燻ったままの小さな火種が生まれていた。

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