外伝:セレスティアの王妃(過去編1)
- DOYLE

- 2019年6月21日
- 読了時間: 4分
まだ時々夢に見る。
迫り来る炎、紅く染まった部屋。
私は独りだった。
前の日の夜は、久しぶりにお父様に絵本を読んでもらった。
寝る前には額に優しくキスをしてくれた。
でも、目が覚めると、そこは炎の海。
お気に入りのお人形、いつも遊んでいたお馬さんの乗り物、お母様に欲しいと駄々をこねて買ってもらったウサギのぬいぐるみ。
私の世界の全てが燃えていた。
「お母様!お父様!」
あの時、本当にそう叫んだのかどうかは覚えていない。
でも、夢の中の私は必死に両親を呼んでいる。
返事はない。
代わりに炎がパチパチ、パチパチと私を呼んでいるかのように音を鳴らす。
私はベッドから動けない。
世界が紅い。
息が苦しい。
喉が熱い。
目を開けていられない……。
私はベッドに横たわろうと思った。
そうすることで楽になれると思ったから。
これは夢だ、きっと夢だ。
布団をかぶってじっとしていれば朝にはお母様が起こしに来てくれる。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
「〜〜〜〜!」
ドアを叩く音が聞こえる?
誰かが何かを叫んでいる?
ううん、私は眠るの。
眠ったら朝になるはずだから。
私の記憶はそこで途切れる。
次に目が覚めた時には、私は病院のベッドの上だった。
起きたばかりの時は何も聞こえなかったけれど、お母様が手を握りながら泣いていた姿だけは見た気がする。
私の家は火事になった。
私はセレスティアの田舎に住む貴族の娘だった。
先祖代々の土地を護り、静かに暮らしていた。
父は貴族として王城へ働きに行くこともあったが、それほど広くない領地を上手に治めていたと思う。
そんな貴族の家にある日強盗が押し入った。
父が偶然家にいたことで、強盗は撃退することができたが、強盗は自分たちが逃げるために、私たちの家に炎の魔法をかけていった。
強力な炎の魔法が、私の家に燃え広がるまで、そう長い時間はかからなかった。
私を助けてくれたのは、偶然近くを通りかかった王国の兵士だった。
実は当時、セレスティアの国内で複数の強盗事件が発生しており、強盗が私の父の領地付近で目撃されたため、兵士たちが派遣されて来ていたらしい。
父が家に帰っていたのもその調査のためだったそうだ。
私を助けてくれた兵士の名前は知らない。
お父様は十分なお礼をしたと言っていた。
そして、私は数日後に退院した。
退院のお祝いに、お父様が新しいぬいぐるみをくれた。
お母様はずっと手を繋いでくれていた。
退院したその日にお父様は「御礼を言いに行く」と言って、私をとても綺麗なお洋服に着替えさせて馬車に乗せた。
お誕生日の時に着るようなお洋服で、とても嬉しかった。
でも、それ以上にもらったぬいぐるみが嬉しくて、私はずっとぬいぐるみを抱いていた。
着いた場所は王城だった。
何もかもが大きくて、たくさんの人がいたことくらいしか覚えていない。
お父様が言うには、注意も聞かずぬいぐるみを抱いて、お城の中を走り回っていたそうだ。
そのまま、私は王に面会した。
セレスティアの王、現国王ぐへへPの父親にあたる先代の王様だ。
謁見の間という広い場所に通されると、紅い絨毯の先に綺麗な椅子が置かれており、そこに王様と王妃様が座っていた。
何人もの兵士たちが王を護るために絨毯の横に並んでいる。
王様の横にもう1人誰か立っている。
小さな男の子だった。
お父様に連れられて私は絨毯を歩き、王様の前にたどり着いた。
お父様が膝を折ってその場にしゃがむ。
私は真似をしようとしたが、可愛いお洋服を汚したくなくて困っていた。
お父様は「座りなさい」と言った。
でも、王様が「よい、可愛らしい服が汚れてしまうといけない。」と言ってくれた。
お父様は王様とお話をした。
私にはよく分からないお話。
私はぬいぐるみを抱きながら、静かにお話が終わるのを待っていた。
ふと、王妃様と目があった。
綺麗な人だなと子ども心に思った。
すると、王妃様がはニコリと笑って、立っている男の子に言った。
「ファンド、私たちのお話が終わるまで彼女をエスコートしてさしあげなさい。」
「わかりました。お母様。」
そう言うと、男の子は私の前まで歩いて来た。
私より少し背が高い。
整った顔立ち、澄んだ瞳。
彼は私にとって近くで見る初めての男の子だった。
物珍しそうに、ずっと顔を見ていると、男の子は私の前に低くしゃがんで突然私の手をとった。
「僕はファンド。セレスティア王国の王子です。お名前を教えて頂けますか?」
近い年には思えない口調と雰囲気。
「ヲキチ……と申します。」
スカートの端をもってご挨拶をしようと思ったが、片手を握られていて、ぬいぐるみを抱いていてどうしようもない。
ちょっと困った顔をしてしまったのかもしれない。
でも、彼はニコリと笑うとこう言った。
「可愛いぬいぐるみですね。その子のお名前も教えて頂けますか?ヲキチさん。」
私が初めての恋に落ちるのにそれほど時間はかからなかった。
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