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  • 執筆者の写真DOYLE

呪詛師の力:アナザーストーリー(時系列22)

ドイルによって助けられたそらうみれいと春沢翔兎は、ミコエル神殿付近からさらに南下し、海からの水が流れ込む海水溜まりの湖のほとりにいた。


ここまでくれば、毒の沼も追っては来れないだろう。


「ととさん、生きてる?」


そらうみれいの声に春沢翔兎が反応する。


「……ああ、なんとかね。」


息も荒く、声も小さい。

どうやら毒は抜け切れていないようだ。

そらうみれいの尾棘の毒はそれほど強いものではない。

やはり、ごーぶすのスキルで生み出された毒を消すまでには至らなかったようだ。


「脚……動かないね。」


春沢翔兎の脚の一部が黒く変色している。

痛みがそれほど無さそうなのは、そらうみれいの毒が多少中和しているからだろう。


「すまねぇ、えいさん。」


春沢翔兎は苦しそうだ。

額には汗も浮かんでいる。

そらうみれいは、春沢翔兎を救う方法を考えていた。

医者に行くことができるなら、それが良い。


だが、クロスフェードまではかなり距離がある。

春沢翔兎を抱き抱えたまま行くには時間がかかり過ぎる。

近くには村や町がある様子もない。


どうする?


そらうみれいが悩んでいると、春沢翔兎の耳がピクリと動いた。


「えいさん、ゴホッ、何か来る。」


何かが近づいてくる気配を察知したらしい。

敵かもしれない。

そらうみれいは『ウォーターベール』を発動し、姿を隠した。


しばらくすると、二頭の馬が姿を見せた。

背にはそれぞれ男が乗っている。

湖の近くに来ると、一人の男が馬を降り、湖の水を口に含んだ。


「うわっぷ、団長、これは海水ですよ。飲めたものじゃありません。」


男たちはどうやら飲み水を探しているようだ。

団長と呼ばれた男も馬を降りる。


「ダメか〜。いけると思ったんだがなぁ。」


団長と呼ばれた男は額に手を当てながら困ったような顔をした。


「どうします?さすがに水なしでは行軍が難しいかと。」


話を聞くに飲み水が切れたようだ。


ここからさらに南下すると砂漠地帯がある。

あそこを抜けるために飲み水を使い切ったのかもしれない。


「しゃあねえ、後続の魔法師団を待つか。あいつらなら水の魔法くらい使えんだろ。」


魔法師団。

その言葉にそらうみれいは反応した。

魔法師団と対をなす、団長。


おそらく目の前にいるのは、セレスティア最強の軍、剣闘師団だ。

なぜこんなところに。そらうみれいは焦ってしまった。


「ん?気が揺らいだ。誰だ、そこにいやがるのは。」


団長と呼ばれた男がこちらを睨みつけている。

バレてしまった。

『ウォーターベール』で身を隠していても、なぜかこちらを的確に見ている。


「団長、敵ですか?」


横にいた男も剣に手をかける。


「待て、ワンマイ、手を出すな。」


ワンマイと団長。

そらうみれいは頭の中で反復した。


「いいから出てこい。この距離なら俺の剣はお前を斬るぞ。」


まだ数メートル以上の距離が開いているにも関わらず、その自信。

おそらく、ハッタリではないだろう。

春沢翔兎を置いたまま闘うことはできない。


そらうみれいは、ウォーターベールを解除した。


「なんだ、エイの海獣族か?珍しいな。」


団長と呼ばれた男は即座に言い当てた。


「団長、捉えますか?」


ワンマイと呼ばれていた男が尋ねる。


「いや、よく見ろ、兎の獣人がいる。あいつを助けるために知らない奴らから隠れてただけだろう。必要ない。」


どうやらこの団長、かなりの見識眼の持ち主だ。


「さて、俺はkentax。セレスティア王国剣闘師団団長だ。それで、お前さんは?」


kentax。

その名前は聞いたことがある。

若くして剣闘師団の団長になったと噂されていた男だ。


「マキエイ。こっちは、トト。」


とりあえずの偽名を名乗る。


「one my self です。皆、ワンマイと呼びますので、そちらでどうぞ。」


kentaxに次いでone my selfも名乗ってきた。


「それで、そっちのトトってやつはどうしたんだ?」


kentaxが事情を尋ねる。


「毒、やられた。」


そらうみれいは短い言葉で説明する。


「毒ですって?この辺りに毒を持った魔物は早々いないはずですが。」


one my self は驚いている様子だ。


「それで、解毒剤はあるのか?」


kentaxの問いにそらうみれいは首を振る。


「ねえのか〜。今は俺たちも軽装備で備蓄がねえからな。あとから来る魔法師団がいりゃあ何とかなるかもしれねえが。ったく、水もねえし、どうするかね。」


kentaxは頭をかく。水がないという言葉にそらうみれいは反応した。

魔法師団なら、春沢翔兎の解毒ができる者もいるかもしれない。


「水。ある。解毒と、交換。」


春沢翔兎が驚いた顔をする。


「えいさん、いい、無理……する……ガフッ。」


春沢翔兎が口から血を吐いた。


「おい、そいつ、やべえんじゃねえのか?ワンマイ、すぐに魔法師団にメッセージ飛ばして、毒にやられたやつがいるって伝えてこい。」


kentaxが指示を出すとone my self はメッセージの魔法を発動した。

kentaxが近寄ってくる。

そらうみれいは警戒しつつも、春沢翔兎のそばを離れるわけにはいかなかった。


「水、あげる。」


そう言うと、そらうみれいはスキル『月ノ水』を発動する。

そらうみれいの周囲に現れた水を見て、kentaxは驚いたようだ。


「これがマキエイさんのスキルか。すごいもんだな。この水は、飲めるのかい?」


そらうみれいがうなづくと、kentaxは水に手を伸ばして掬い取り、口に含んだ。


「これはうめぇ。最高だ。砂漠地帯で飲み干しちまってな。もし良かったらなんだが、部隊のやつらにも飲ませてやってくれ。代わりに、お仲間は必ず助ける。」


そらうみれいはもう一度うなづく。

この状況では、魔法師団を頼る他ない。


「団長、連絡がつきました。まもなく到着します。呪詛師が同行しているそうなのでもう大丈夫です。」


one my self がメッセージを終えてやってきた。


呪詛師。

聞き慣れない言葉だが、広義にはシャーマンの一種である。

信ずる神から時には悪霊にまで祈願し、敵を呪う魔法を発動して戦うことで知られている。


「安心しろ、魔法師団の呪詛師は優秀でな、毒の類には詳しいんだ。さて、こいつらを連れて魔法師団を迎えに行くぜ。水を待ってる奴らもいるからな。」


kentaxがそらうみれいを、one my self が春沢翔兎を馬の背に乗せ、移動する。

しばらく行くと目の前に剣闘師団の本隊が現れる。

そして、すでに到着していた魔法師団が迎えてくれた。


「毒にやられた方はどちらに?」


本隊と合流するなり、声をかけてきた一人の魔法使いがいた。

魔法師団のローブに身を包んでいるが、手には呪詛師であることを表す動物の骨でできた腕輪をつけている。


「こちらです。徳皆無さん。」


one my selfが春沢翔兎を抱いて馬から下ろす。どうやら春沢翔兎は、運ばれている途中に再び意識を失ったようだ。


「こちらの私は、金星伊津可ですので。」


どうやら2つの名前を持っているらしい。


「あいつに任せとけば大丈夫だ。すまねえが、マキエイさんはこっちに来てくれ。」


そらうみれいは心配そうに春沢翔兎の方を見ながらも、自分にできることをやるしかないとkentaxについていった。


そらうみれいはスキルで水を生み出し、剣闘師団に配っていく。

『月ノ水』がこれほど役に立つとは、そらうみれい自身も思っていなかった。


徳皆無、金星伊津可は呪詛師である。

いわゆる二重人格であるが、これは徳皆無のスキル『ひとりごと』の力だ。

初めてスキルが発現した時から、徳皆無は自分の中にもう1人の自分がいることを感じてきた。

そして、その人格を自分はいつでも自由に入れ替えることができることも知っていた。


徳皆無は呪詛師としての力を持っているが、金星伊津可は2つの人格の内でも回復や治療に特化した魔法を使いこなす。

逆に、徳皆無は攻撃に特化しており、彼を知る者たちは、徳皆無のことを「人折り」と呼び恐れている。

金星伊津可は、春沢翔兎に近づき、手をかざす。

まるで何かを読み取っているようだ。

次に、毒が付着した脚に手をかざす。


「2種類の毒。これはまた面白い解毒をしている。」

金星伊津可はとても楽しそうに笑いながら、魔法を唱える。


『餓鬼』


あらゆる異物を喰らうオリジナルの闇魔法。

魔法の発動と同時に、金星伊津可の腕から黒い腕のようなものが伸び、春沢翔兎の脚に絡みつく。


すると、腕のようなものがビクビクと痙攣し、春沢翔兎の脚の毒で変色した部分から毒を吸い取り始めた。

その様子は、まるで脚から血が抜かれているようだった。

徐々に春沢翔兎の脚の色が元のピンク色に戻っていく。


毒が抜かれている証拠であろう。数分間で春沢翔兎の脚は元に戻った。

30 分ほどが経過しただろうか。

そらうみれいも、剣闘師団への水の配布を終えて戻ってくると、そこには顔色の戻った春沢翔兎が横たわっていた。


「ととさん、治った。」


そらうみれいは少し嬉しそうだ。


「もう大丈夫でしょう。毒は抜いておきましたから。」


先ほどの呪詛師だ。


「改めまして、金星伊津可です。魔法師団の副団長を勤めております。」


そらうみれいに頭を下げる。


「マキエイ。ととさん、ありがとう。」


そらうみれいも同じように頭を下げた。


「おお、治ったのか、徳皆無。」


kentaxがやってきた。


「マキエイさん、ありがとな。これで、剣闘師団もクロスフェードに帰れそうだわ。」


そらうみれいにとって、水を生み出すことは造作もない。

これで春沢翔兎が助かるならどうということはなかった。


「kentax団長、今は金星伊津可です。お間違えなきよう。」


毎回の如く間違えられているのではないだようか。


「会うたびに違う気がしてわかんねえんだよなぁ、副団長さんは。」


kentaxは悪気がないようだ。


「それで、俺たちは国に帰るがマキエイさんたちは、これからどうするんだい?」


向こうからone my self もこちらにやって来ているのが見えた。


「ととさん、治るまで、休む。海で。」


そらうみれいは海獣族だ。

海の中の方が力を発揮することができる。

春沢翔兎を守るなら海中の洞窟にでもいる方が良いと考えていた。


「毒はなくなりましたが、しばらくは安静に越したことはありません。明日には歩けるようになるでしょうがね。」


金星伊津可は少し怪しい笑いを浮かべながらも、春沢翔兎を見つめている。

どうやら助けられたことを良かったと思ってくれているようだ。


「団長、金星伊津可さん、出立しましょう。このペースならあと数日でクロスフェードに

着くはずです。」


one my self に促されてkentaxと金星伊津可はそらうみれいに別れを告げた。

去っていく剣闘師団と魔法師団を見送りながら、そらうみれいは思う。


「銃、見つからなかった。」


グモォォォという音ともにそらうみれいの口の中から銃が現れた。


「バレたら、殺す。」


そう言って、そらうみれいはまだ眠ったままの春沢翔兎を抱いて、スキルを発動した。


これは、セレスティア草原で起こった偶然の邂逅。

この出会いが、吉と出るか凶と出るか。

今まだ運命だけが知っている。

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