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  • 執筆者の写真DOYLE

吟遊詩人:アナザーストーリー(時系列13)

「できた……ついに完成した。」

 私の魂を注ぎ込んだこの歌があれば、大天使ミコエルに力を届けることができる。

 雨乞いの歌。

 ……………………。

 ………………………。

 …………………………。

 まだ思い出すと身体が少し震える。

 吟遊詩人こるんは、少し前のことを思い出していた。

「彼ら」と邂逅した時のことを。


 砂漠地帯へ足を運んだ時、私は砂漠の民に雨乞いの儀の歌を創ることを依頼された。

 天使に祈りを届けて欲しいと。

 だから私はミコエル神殿に赴いた。

 まきの……いえ、まきエルは、信徒たちの言葉だからと快く聴いてくれた。

 そして、彼らだけが知る「伝説入り」の歌のことも教えてくれた。

 

 私ならきっと書ける。

 根拠のない強い自信が私にはあった。

 ミコエル神殿でまきエルに会ってから数日後。

 私は自ら各国の重役たちと接触した。

 セレスティア王国のクリスエス

 プロムナード王国のKAI

 他の国にも伝わるようにしておいた。

 私はこれで世界一の吟遊詩人となる。

 私の歌が世界を救うと噂になるはずだ。

 そう思っていた……。

 ある日を境に、いくら書いても、いくら歌っても、納得するものができている気がしなくなった。

 

 なぜだ。

 なぜだ。


 こんなことはこれまで一度も無かった。

 私に……私にできないはずはない。


 なぜだ。

 なぜだ。


 書いては消し、書いては消し。

 弾いては辞め、弾いては辞め。

 いつの間にか七日七晩が経っていた。

 そして、疲弊した私の前に彼らが現れた。

 八日目の朝、私は再び机に向かった。

 昨日は疲弊して床で眠ってしまったらしい。

 六日目には気分転換に散歩もしたが、何も変わらない。

 スランプという言葉が頭をよぎる。

 いや、そんなことあるはずがない。

 プライドがそれを認めなかった。

 「スープでも飲もう……。」

 食欲もあまりなかった。

 私はキッチンに行きスープを火にかける。

 バサバサッ

 どこからか羽根の音が聞こえた気がした。

 バサバサッバサッ


 気のせいじゃない!

 部屋の中にいる。

 私は周りを見渡した。

 

 どこだ。

 どこにいる。

 「そんな怖い顔してちゃダメですよ。」

 

 後ろ!?

 急に背後から声がした。

 咄嗟に飛び退く。

「あなたがこるんさんですね。」

 黒いフードの女。

 伸ばした左腕に留まった烏。

「誰……。」

 身構えながら尋ねる。

 だが、こるんは吟遊詩人。

 魔法は歌によって発動させることができるが、今の状況では時間がかかる。

 それに、これほど近くにいて全く気配を感じられない程の相手。

 

 レベルが違う。

 スキルの発動をすれば、おそらく即座にやられてしまうだろう。

「初めてまして、私はいな実。立花いな実です。こるんさん、あなたに少しがあって、お邪魔しました。」

 殺される。

 なぜかそう感じた。

 理由は分からないが、辛うじて口が動かせる程度で、身体が震えてうまく動かない。

「な、なんのよう……ですか。」

 丁寧に話したつもりだ。

「ええ、雨乞いの儀に奉納する歌のことで少し。」

 歌い手の私を殺そうと言うのか?

 儀式をさせないためなら、たしかにそれが一番早い。

 私以外に歌を創る者はいない。


 グツグツ、グツグツ


 少し沈黙があると煮えるスープの音が響く。

 カチッ

 えっ……?

 誰かが突然火を止めた。

「火をかけたままにするのはよくない。止めておいたぞ。」

 誰かいる。まさか2人目がいるとは。

「美味しそうな匂いがしてるわねえ。これ、食べてもいいかしら。」

3人!?

いつの間に3人もここにいたの!?

「あ……あ……」

 恐怖で声が出ない。

「そう怖がるな、吟遊詩人。いな実さん、殺気を止めてやってくれないか。可愛そうに話 せなくなっている。」

 殺気……この震えの原因が?

「はいはい。これでいいですか?このくらいで根をあげちゃうなんて、吟遊詩人も大した ことなさそうですね。」

 急に身体が軽くなった。

「ごめんねぇ。この人たち、手加減とかあまり知らないから。」


 黒いヒラヒラとした服を着ている。

「ちゃんと手加減くらいできますよ。闇姫Pこそ、遊び癖が抜けないくせに。」

 立花いな実、闇姫P。

 聞いたことのない名前だ。

「あ、あなたたちはいったい。」

 次元の違う強さを感じる。

 言葉を選ばなければ、私は殺される。

 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 私は世界一の吟遊詩人になるんだから。

「自己紹介がまだだったか。失礼した。私は顧問P。立花いな実は先ほど名乗ったな?こっちにいるのが闇姫P。あとは……はぁ、いくら顔を見せたくないとは言え、そこまで隠れなくても。姿くらい見せて……。」

 顧問Pと名乗った人、人なのかどうか分からないけど。


 4人いたの?

 いつから?

 もう1人と何かを話しているようだ。

「いや、失礼。もう1人がどうしても姿を見せたくないというので、名前だけの紹介になってしまうが、もう1人は雨傘P、ああ、rainydayと呼んだ方がいいか。さて、自己紹介も終わったところで本題に入ろう。」

 顧問Pの声のトーンが下がる。

「吟遊詩人こるん。雨乞いの歌の創作を遅らせて欲しい。」

 創作を遅らせる?

 殺しに来たんじゃないの?

「遅らせるって……。」

 何とか言葉を発する。

「そのままの意味ですよ。完成をもう少し後に伸ばしてください。」

 立花いな実と名乗っていたフードの女だ。

「具体的には〜そうねえ、1ヶ月くらい後ろにして欲しいわね。」

 闇姫Pが告げる。私にここで断るという選択肢はあるのだろうか。

「ん?断ってくれても構わんよ。別に殺しに来たわけじゃない。」

 顧問Pに心を読まれたのだろうか。

「ただ、こるんさん、最近、曲が書けなくて困っていませんでしたか?」

 顧問Pが黒い笑みを浮かべる。

 たしかに、いくら書いても納得するものができなかった。

 いつから私を監視していたんだ。

「それ、顧問Pのスキルの影響よ?」

 闇姫Pの言葉が聞こえた。

「スキ……ル?」

 私が曲を書けないのはこいつらのせいだって言うの?

 まさか、そんな。

「闇姫P、それ以上はダメだ。こるんさん、これが私のスキルなのですよ。あなたが曲を書けないのも、あなたの気分が何をしても晴れないのも……ね。もし、あなたが歌を創るのを遅らせてくれるのなら、私はあなたのお邪魔を致しません。」

こんなの取引ですらない。

「もし断ったら?」

 殺されるかもしれない。

「少なくともその程度で私はあなたを殺したりはしませんよ。他の3人は知りませんが。ただし、あなたはこれから先、誰かに殺されるか自ら命を絶つまで、二度と納得する曲を完成させることはできません。」

 なんてやつだ。

「どうするの?こるんさん。もし遅らせずに死にたいなら烏さんたちにお願いして、食べてもらうこともできるけど?」

 立花いな実の手に乗った烏がグワアッとひときわ大きな声で鳴いた。

 もはや私に選択肢はない。

「分かりました。1ヶ月は遅らせます。でも、砂漠地帯を考えるとそれ以上は。」

これが最大の妥協線だ。

 

 砂漠地帯の被害は深刻で、すぐにでも儀式をお願いしたいと、祭壇の準備を急ピッチで行なっているとさえ聞いている。

「1ヶ月もあれば十分です。よかったよかった。これで契約成立ですね。こるんさん、曲の進捗だけたまにお聞きしますので、お答えくださると幸いです。

 ん?どうしたんですか?

 rainydayさん。

 何か問題でも?


 顧問Pの口調が軽くなる。

「よかったわねえ、このくらいで。でも、こるんって言ったかしら、あなた、私たちと同じこちら側の人間でしょ?」

 私がこいつらと同じ?

 闇姫Pが何を言っているのか分からない。

「だってあなた"自分のために"しか曲を創っていないでしょう?」

再び背筋に寒気が走った。

「そ、そんなこと……。」

 ないと言わなくちゃ。

「いいわ、そういうことにしておいてあげる。」

闇姫Pはまるですべてを見透かしているような口調だ。

「こるんさん、rainydayさんからのご伝言です。私の邪魔だけはしないようにと。」

 邪魔。

 いったいこの人たちは何をするつもりなの?

 そもそもこんな化け物たちを止められる人なんて。

「あなたたちは……何なの?」

 私は踏み込んではいけないとわかっていてその質問をぶつけた。

 でも、知ることで、彼らに近づくことができるかもしれないとどこかで思った。

 闇、陰、虚、殺、死……あらゆる負の言葉を体現したような者たちに私はどこかで魅力を 感じてしまったのかもしれない。

「私たちは暗黒大陸より来りし者。あなたたちレミルメリカの民が四天王と呼ぶ者ですよ。」

 立花いな実の言葉の後に再び烏の鳴き声が聞こえた。

 そこからちょうど1ヶ月。

 吟遊詩人こるんは、ついに雨乞いの歌を完成させた

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