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はじまりの章(本編1)

  • 執筆者の写真: DOYLE
    DOYLE
  • 2019年6月12日
  • 読了時間: 34分

更新日:2019年6月15日

1分ほど再起動します。

どうやら、今から1分間はサーバーが動きを止めるらしい。

つい今しがたまで次々と流れていた文字列がピタリと動きを止めている。


俺の名前は、土居流星(どいりゅうせい)


流れ星が結婚したきっかけだったとかいうメルヘンな両親につけられた名前だ。


趣味はボーカロイド関連。クリプトン、AHS、CeVIO、UTAU etc……

ボーカロイドに類するものなら食わず嫌いはない。

マジカルミライは毎年行っているし、声月やボカストなどの即売会にも足を運んでいる。

この間は、DJイベントにも行ってきた。


自分では曲は作らない、いわゆる「聞き専」だ。

グッズを集めようとした時期もあったが、狭い家をさらに狭くする勇気はなかった。

とはいえ、最近、仕事が忙しすぎて新しい曲を全く追えていない。


昨年の4月に大学を卒業して働き始めたのだが、何を間違えたのかブラック企業に入ってしまった。新人研修と言って、駅前で朝から夜まで名刺を配らせられた時には、正直その場で辞表を出そうかと思った。


だが、趣味のことを続けるためにはお金も必要だ。

ライブのため、イベントためにと思いながら、この1年を乗り切ってきた。

先日の10連休も無理矢理出勤させられそうになったが、イベントと重なっていたため、上司に直談判して休みをもぎ取ったばかりだ。次の給与裁定のことを匂わされたが、これで給料が下がったらパワハラで訴えてやる。


ところで、そんな俺が最近よく顔を出すSNSがある。


「ボカロ丼」だ。


ボカロ丼はボカロやUTAUなどの音声合成技術を使った音楽文化に興味がある人が集うマストドンインスタンスだ。マストドンを知らない人は、どこかの青い鳥と似たような機能を持っていると思ってくれればいいが、お互いにフォローしていなくてもローカルタイムラインという場所に情報が流れてくるところが一番ちがう。


そして、俺のような聞き専だけじゃなく、ボカロP、絵師、作詞家、動画やMMDモデルなどを制作している人、コスプレをしている人などが大勢いる。いわゆるクリエイターの集まりだ。


自らを天使と名乗る人やペンギンやエイのような動物を名乗る人もいる。


音声合成の話ばかりをしているかと言われればそうではなく、マ〇ンク〇フトやF〇Oのようなゲームの話が出てきたり、突然哲学の話が始まることもある気さくな場だ。


俺が始めてボカロ丼に入った時、切身魚という人が説明をしてくれた内容によると、ボカロ丼オリジナルのCDを出し、その売り上げでサーバーを維持しているらしい。

まだボカロ丼に入って1年も経っていないが、居心地はよく、俺は気が付けば毎日のように顔を出していた。


そういえばSNSだから本名を名乗っていないことを忘れていた。

ボカロ丼での俺の名前はドイル。推理小説が好きなわけではなく、名探偵でもない。

本名の土居流星の前三文字を適当に読むと、ドイルになるだけだ。

話を戻そう。


運良く20時に仕事を終えて帰宅できたので、先ほどまでローカルタイムラインに張り付いていたのだが、どうやら管理者のメンテナンスがあったらしい。


ボカロ丼はTOMOKI++という管理者によって運営されている。少し前に即売会のイベントでお会いしたが、眼鏡の似合うフランクなイケオジの印象だ。


偶然参加することになった打ち上げでも気さくに話をすることができた。

管理者の顔を思い出しながら動かないローカルタイムラインに目をやる。


再起動完了しました。


どうやら、再びローカルタイムラインが動き出すみたいだ。先ほどまでは、全員が晩御飯の写真を流す「飯テロ」の時間だったが、次はどんな話題が流れてくるのか。

早速、ローカルタイムラインを更新しようとした瞬間、パソコンの画面に見慣れないウインドウが表示された。


……………

おめでとうございます。

あなたは異世界に招待されました。

あと5分で転生作業を行います。

インストール実行中0/100%

……………


は?なんだよこれ。

パソコンの背景にはローカルタイムラインが映し出されているが、動いていない。

代わりにプログラムのウインドウが表示されている。

異世界?転生?どこかの小説じゃあるまいし、そんなことがあるはずない。

だが、よく見るとプログラムのウインドウに消すためのボタンが表示されていない。


……………

おめでとうございます。

あなたは異世界に招待されました。

あと4分で転生作業を行います。

インストール実行中20/100%

……………


数字が増えている。

何かは分からないが、ダウンロードもしていないのに、俺のパソコンに勝手にインストールが進んでいる。

そうだ、ウイルスソフトを起動すれば。


右下のツールバーにあるウイルスソフトを起動するためにカーソルを動か………


せない!!!


どうなってるんだ。

まさかボカロ丼が再起動したのを見ていたから、そこでウイルスが入り込んで?

仕方ない、こうなったら再起動だ。


おそらくこの様子では、タスクマネージャーも開けないだろう。


……………

おめでとうございます。

あなたは異世界に招待されました。

あと3分で転生作業を行います。

インストール実行中50/100%

……………


カーソルが使えないということは、電源ボタンを長押しするしかない。

データの破損は怖いが、幸い今はインターネット以外使っていなかったはずだ。

俺は電源ボタンを長押しする。


……………

おめでとうございます。

あなたは異世界に招待されました。

あと1分で転生作業を行います。

インストール実行中90/100%

……………


電源が切れない。

なんでだよ!おい! 

再び電源ボタンを押す。


……………

おめでとうございます。

インストールが完了しました。

転生を行います。

インストール実行中100/100%

……………

電源が切れないまま、パソコンの画面がインストール完了を示す。


そこで、俺の視界は暗転した。


----------------------------------------


森の中にいる。


目が覚めたとき、最初に感じたのは草木の匂いと地面の柔らかさだった。

どうやら外にいるらしい。


まだ頭が少しクラクラしているが、辺りを見回してみる。

高く生い茂った木々、薄暗く遠くまでは見えないが陽の光がところどころ差し込んでいるのが見える。


周りを木に囲まれた小さな広場のようなところにいるらしいが、とても静かだ。

ここが森の中なら風で木がざわめく音や、動物の鳴き声、虫の音色が聞こえてもおかしくない。

だが、何も聞こえない。周りには自分以外、誰も何もいないと思えるほど気配が感じられない。


「どこだ、ここ。」


わざとらしく口に出して、地面に手をついて立ち上がる。

どうやら何かにもたれかかっていたらしい。すんなりと立ち上がることができた。


「なんだ、これ」


俺がもたれていたのは、白い箱のような形をした『何か』だった。

腰くらいまでの高さでその上には何かが置かれている。

銀色の縁どりがされた『それ』を俺は何度も見たことがあった。


「これ、タブレットじゃね?」


パソコンばかり使っていて実際に使う機会はなかったが、リンゴのマークが描かれていることで有名なアレだ。


「なんでこんなところにタブレットが……」


よくわからないまま、目の前にあるタブレットに手を触れた。

触ってみたものの何も起こらない。

もう一度、周りを見渡してみる。

高い木々に囲まれて空は見えないが、上からは光が降り注いでいる。

木の隙間から何本もの光が地面を照らし、目の前にある台座のような白い柱にも光がさしている。

森の真ん中にぽっかりとあいた広場のようだが、周りには何もいる気配はない。


自分と目の前にある白い台座に置かれたタブレットしかこの場所にはないように感じた。

もう一度、タブレットに手を伸ばし、今度は持ち上げてみる。

タブレットは何も抵抗することなくすんなりと持ち上げることができた。

重さも形も普通のタブレットだ。

裏返してみるが、ロゴはない。


「まさかこんなところに置かれていて電源がついたりなんてことは……」


電源ボタンを押してみると、急に画面が文字を映し出した。


……………

ようこそ

ドイル様

……………


「え?」


驚いて声が出てしまった。

画面には俺がいつもボカロ丼で使っていた名前が映し出されている。

どうして俺の名前が?


……………

音声によるユーザー認証を完了しました。

ライセンス登録の確認を行います。

しばらくお待ちください。

……………


ライセンス?認証?

何が何だか分からない。

そもそもこれは俺のタブレットじゃない。

しかも俺がボカロ丼でしか使っていないユーザー名で登録されている。


……………

確認ができました。

再起動します。

……………


再起動?そうだ、思い出した。

俺は自分の部屋のパソコンでボカロ丼にログインしていた。

しばらく眺めていたら管理者のTOMOKI++さんが、メンテナンスをしていて、ボカロ丼を再起動すると言っていた。そしたら……


……………

DON

development of original nerve

……………


再起動が完了したのか、画面に英語が映し出される。


「DO……N……ドン?まさか。」


……………

この端末には、レアスキル"トランスモーフ"が収録されています。

アクティベートしますか?

▶はい  いいえ

……………


スキル?

いや、でも、落ち着け。

アクティベートは分かるぞ、使えるようにするってことだ。

そうだ。次第に分かってきた。


ここはおそらく異世界だ。

異世界転生ものなんて、ネット上の小説だけだと思っていたが、何がどうなったのか、俺は自分の家のパソコンの前から、見も知らぬ森の中に飛ばされたのだ。

幸か不幸か、異世界転生ものなら何度も読んだ記憶がある。


転生した主人公はどうなる?

そう、俺が直面している場面は「異世界で生き抜くための強力な力を手に入れるシーン」にちがいない。

それならば、ここは『はい』一択だ。


……………

スキル『トランスモーフ』をアクティベートしました。

……………


よし、これでスキルが使えるはずだ。


……………

ステータスを更新しました。

ホーム画面に移動します。

……………


ホーム画面?ああ、そうか、タブレットだもんな。

いい機会だ、機能を確認しておかなければ。


俺はこの世界を異世界だと割り切ることにした。

スキルなんてものがあるのだから、間違いなく元いた世界じゃない。

一度割り切ってしまえば楽なものだ。

ホーム画面をみるといくつかのアイコンが並んでいる。


「このへんは、同じ……なのか?」


とはいえ、全く見たことのないアイコンばかりだ。

しかも数が少ない。っと、「電話」のアイコンがある。

これは、もしかするともしかするのではと思い早速押してみる。


……………

連絡先は登録されていません。

……………


分かってたよ、分かっていたさ。

元の世界にいた時でさえ、連絡先なんて数名しかなかった上に今時はL◯NEだからな。

電話番号や連絡先なんて入ってなくて当然さ。

悔しくなんてない。

気を取り直して次だ。


このアイコンはなんだ?

アイコンの中にはダンボールの箱のような絵が描かれている。


「よし、何か起こってくれよ」


……………

アイテムボックス(1502/∞)

ドイルの契約書 1

白紙の契約書1500

封印の鍵1

……………


俄然、ファンタジー感が増した。

契約書に封印の鍵、しかも白紙の契約書に至っては数が1500もある。


「これは、異世界転生あるあるのチート能力じゃね?よし、まずは……」


期待に胸を膨らませながら封印の鍵を選択した。


……………

今は使用できません。

……………


お―――――い!


使えないってなんだ。

これでバーンと封印を解いて何だかすごい力を手にいれるってのが、定番じゃないのか。


「仕方ない。それじゃあ、白紙の契約書を。」


……………

今は使用できません。

……………


こら―――――!


なんだこのタブレットは、今のところ何の役にもたってない。

先ほどのアクティベートは何だったのだろうか。


「最後に残ったのは、俺の名前の契約書か。誰とも契約した覚えはないんだけどな。」


……………

ドイルの契約書の起動を確認しました。

スキル『トランスモーフ』を発動します。

……………


いきなり発動するのか、トランスモーフ。

これは先ほどアクティベートされたと書いてあったスキルだ。


「いったい何が起こるんだ?」


その瞬間、突然タブレットの画面が強く光り始めた。

頭の中に言葉が浮かんでくる。


……………

スキル『トランスモーフ』を発動しました

近くに対象がいません。

スキルの発動を停止します。

……………


その言葉と同時にタブレットの光が弱まった。

だが、俺の頭の中には『トランスモーフ』の使い方がまるで最初から知っていたかのように流れ込んでいた。


「やっぱり異世界転生はチートだった。」


俺の口から出たのはその言葉だけだった。


----------------------------------------


それから数時間が経っただろうか?


俺はタブレットを手に森の中を歩いていた。

手に持ったタブレットの画面には、地図が映し出され、中央付近に赤い丸が光っている。


これは『マップ』という機能だ。


どういう仕組みかは分からないが、今いるところから、周辺の地図が表示される。

範囲は約10キロといったところだろう。

3つ目のアイコンを触ったところ起動した機能で、元いた世界の要領でかなり広い範囲を見てみようとも思ったが、10キロ程度までしか表示できないことが分かった。

ひとまずはそれで十分だ。


しかし、このタブレットを手に入れた場所を離れて歩きはじめてからもうかなり歩いてきた。にもかかわらず、一向に森を抜ける気配がない。


「このあたりでもう一回使ってみるか。」


脇に抱えていたタブレットを持ち直し『マップ』を閉じる。


『電話』『アイテムボックス』『マップ』

そして、これがもう1つの機能『サーチ』


『マップ』の画面が立ち上がり、画面上を緑の線が行き来する。

それと同時に、俺の頭の中に周辺の様子が映像で映し出された。

木、木、木、どこをサーチしても鬱蒼と茂る木々ばかりだ。


タブレットの置かれていた森の広場(名前も分からないからこう呼んでいる)でサーチを使った時も、何一つ引っかからなかった。


「そろそろ何か反応があってくれるといいんだけどな。食べるものくらいないと腹も減って……あれ?」


そういえば、目覚めてから一度も何も食べていない。飲み物すら飲んでいない。


「喉も渇いてねえし、腹も減ってない。そういや、わりと歩いたはずなのに疲れもねえ。」


いくらブラック企業で働いていたからといって、飲まず食わずだったわけではない。

喉も乾けば、腹も減る。

むしろ、美味い食事だけが癒しの時間だったはずなのだが……。


……………

FIND

……………


ピコンという聞き慣れた効果音と共に画面が切り替わる。

どうやらサーチに何かが引っかかったようだ。

画面には赤い丸とは別に、緑色の丸が1つ出現していた。


「こんな風に出るのか。でも、どうやら見つけることはできても、何がいるかまでは分からないらしいな。」


行ってみる以外に選択肢はない。

マップを頭の中で再生しながら走り出す。

緑色の丸はどうやらその場を動いていない。

俺に気がついていないのか、それとも動かない理由があるのか。

生きてるのかどうかすら分からないが、行ってみるしかない。


あと100m……


70m……


50m……


20m……


「まだ動かないのか、よし、ここは木の陰から様子を見るか。」


木の陰に隠れつつ、ゆっくりと目標に近づく。

10m手前くらいに来た時、俺は生い茂る木の隙間から『それ』の姿を目にしたのだった。


「あれは……天使?」


少し離れた場所からでもはっきりとわかる背中にある2枚の羽根。

淡いピンク色が木々の間の木漏れ日でより美しく輝いている。

青か緑か、腰くらいの長さまである髪の毛が風もないのに揺れている。

羽根と髪の色のコントラストが、より一層彼女の美しさを際立たせていた。

よく見ると頭の上にも薄く金色の輪が見えている。


「どう見ても天使だよな?こんなところで一体何を……。」


10mほどの距離をとって、木の後ろに隠れつつ、俺は様子を伺う。息を殺して、じっと。

天使は背を向けて動かない。

よく見ると、地面に両膝をつけて頭を下に向けている。


「祈りを捧げているのか?」


後ろから見ただけでは分からないが、両手を胸の前で組む聖女の姿が頭をよぎった。

場所が場所ならミレーの『晩鐘』にでも例えるところだが、そうも言っていられない。


目の前の天使は敵か味方か分からない。

木の影から天使の背中を注意深く眺める。

相手がどんな力を持っているかも分からない。

下手をすると、突然の攻撃もありえる。

俺はしばらくの間、天使の背中とにらみ合いをすることになってしまった。


スキルの使い方は分かっているが、自分の強さは全く分からない。

そもそもこの世界のことは何一つ分かっていない。

天使がいるということは、いよいよ異世界であることだけは確信できるのだが……。


数分間は天使の背中とにらみ合いをしただろうか。

突然、天使が動き出した。


俺はタブレットを握りしめ、戦闘になる覚悟を決める。

奇しくも武器と呼べるものは何もないため、いざとなれば逃げるしかない。

そう考えていると、天使は地面につけていた膝を動かし、立ち上がる。


それほど身長は高くない。

ちなみに俺の身長は175㎝、低くもなく高くもない。

天使は150〜155㎝といったところだろうか?

少し小さくすら見える。

そして、天使がこちらを振り向いた。


「ドイルさん、ですね?」


どうやら俺のことはすでにバレているようだ。

俺は観念して木の陰から姿を見せることにした。


----------------------------------------


目の前に天使がいる。

何を隠そう。


ものすごくかわいい!!!


幼さそうに見えるがどことなく大人の雰囲気を感じる整った顔立ち

胸の部分に濃いピンク色のリボンがあしらわれている淡いピンク色のキャミソールワンピース

長いツインテールのように左右でくくられている青緑のサラサラした髪

白い肌、細い足腰、胸は……ここでは触れないでおくが、なんとも可憐だ

ただ、この天使……初めて見たはずなのにどこかで見たような気がする。


「ドイルさん、ですよね?」


再び質問される。


首を傾げて質問するとか反則だろぉぉぉ!


天使の美しさに見とれていた俺はとっさに言葉が出てこない。

そもそも、女の子とそんなに話す機会などなかった。

ボーカロイドが趣味でブラック企業に勤めている男に出会いがあると思うなよ!


「あ、あ、あ、あの、その。えっと。」


うまく話せない。これだからオタクは。


「ふふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。取って食べたりしませんから。」


天使か!?!?!?

そうだ、天使だった。

笑顔も可愛い。


「す、すいません。どうにも慣れなくて。」


社畜のクセでつい謝ってしまった。

第一印象は最悪だ。

恋愛ゲームなら、この時点でバッドエンドルート入りしそうですらある。


「たしかに俺は、ドイルです。」


なんとか言葉を絞り出した。

いつもより2オクターブくらい高い声になっていそうだ。


「やはりあなたがドイルさんですか。私はミコエル、あなた方が"天使"と呼ぶ者。そして、あなたをこの世界に呼んだ者です。」



ree

(挿絵:大天使ミコエルアイコン)


俺はこの天使の名前を知っている。

大天使ミコエル。

それはボカロ丼に存在する天使の名前だ。


ミコエル様、ミコ様……

呼び方は色々だが、時折LTLに降臨していたことを覚えている。

新参者の俺は、いつからミコエルが存在していたのかは知らない。

LTLにミコエルが降臨すると、一部の者は五体投地を始める。

最近では『ミコエル教』をつくり、教義を考える話まで出ていたはずだ。

しかし、本当に天使だったとは……


「ドイルさん、あなたを"この世界"に呼んだのは私です。一応、インストールという名目で少し前に告知はしたのですが、突然の転生をお詫びします。」


告知の時間が短い。

当日の朝に「今日ライブやります」というバンドくらい突然だ。

しかし、これではっきりした。

やはりここは異世界だ。


「転生したことには驚いたけど、別にいいよ。でも、できればもう少し詳しい説明が欲しいかな。正直、ここがどこかも分からないし。」


だんだん冷静になってきた。

LTLで何度も見たことがある名前だから、初対面な気もしない。

でも、リアルで見ると可愛すぎる。

今ならミコエル教に入る気持ちも分かるよ、ボカロ丼のみんな……


「そうですよね。私、ドイルさんにちゃんとご説明しようと思って、まずはここにお呼びしたんです。」


「分からないことだらけだから、よろしくお願いします。」


俺は軽く頭を下げる。


「えっと、そんなにかしこまらなくていいですよ。敬語は……ちょっと慣れないので。」


大天使にタメ口をきいたとバレたらボカロ丼の信者たちに袋叩きに合いそうだ。

いや、実際に会ってしまっただけで罰を受けてもおかしくない。

それならいっそいくところまでいこう。


「わかりまし……いや、わかった。呼び方はミコエル様でいい?」


まだ慣れないが、これ以上オタクっぽさを出すわけにはいかない。

コミュ力に全振りしろ!


「ミコエルでいいですよ。様とかつけられるのもちょっとムズムズするので。さて、まずはどこから説明したらいいかな。あ、ドイルさん、タブレットをお持ちですよね?」


「これのこと?」


「そうですそうです。こちらの世界にはスキルという個人がもつ力がありまして、魔道具を使ってそのスキルを発動させることになっています。」


「魔道具?これが?」


「はい、ドイルさんの元いた世界のものに合わせてご用意しました。」


すごいドヤ顔だ。


「マップとか、サーチもスキルなの?」


とりあえず聞きたいことを確認する。


「いえいえ、それは私がドイルさんのためにおまけで付けておいたものなので、スキルではないですよ。う〜ん、魔法みたいなものだと思ってもらえたら大丈夫です。」


てことは、この世界にはスキル以外に魔法もあるのか。


「さっき、このタブレットは触ってみたんだけど、マップとかアイテムボックス以外にも何か他の機能ついてる?」


「え〜っとですね、私、これでも天使なので転生者の方とは言ってもお手伝いしすぎることはできないんですよ。だから、それ以上の機能がつけれなくて。」


どうやら支援にも制限があるようだ。


「でも、でもですよ!その代わり、スキルはすごいものをご用意しましたし!」


うん、たしかに、スキルは凄かった。


「『トランスモーフ』だよね。」


「その様子だともうアクティベートされたんですね。」


「さっきの広場でちょっと触った時に。」


「それはよかったです。もうアクティベートしてるならスキルの使い方は問題ないと思いますが、実はこの世界のスキルは1人につき1つなんですよ。」


「そうなんだ。」


人の数だけスキルがあるとすれば、どれだけの数のスキルがあるのか想像もつかない。


「こちらの世界では、スキルは生まれつき備わっているもので、6歳の誕生日を迎えると無条件で発現します。ただ発現するまで、どんなスキルかは分からないのです。」


そんなクジ引きみたいな感じなのか。


「ちなみにスキルにはどんなのがあるの?」


「本当にいろいろですよ。水を生み出したり、火を生み出しするスキルもあれば、天気を変えちゃうようなすごいスキルもあります。中には食べ物を見たら材料がわかるスキルとか、寝つきがよくなるスキルみたいな生活に役立ちそうなものもあります。」


本当にピンキリっぽいな。


「勉強ができるスキルなんてのもあるわけ?」


「ありますよ。ただ、スキルが1人1つというのは世界の原則なので、同じスキルを持っている人は世界にはいません。」


ということは、誰か1人でも勉強ができるスキルを持っていると、他の人は誰もそのスキルを持っていないのか。なんてこった。


「てことは、俺の『トランスモーフ』は。」


「はい。ドイルさんだけの限定スキルです。ミコエルからのプレゼントですよ〜。」


これはいいことを聞いた。

なかなかのチートスキルだからな。


「そして、この世界ではスキルが発現すると、その人にあった魔道具が国から提供されることになっています。」


魔道具、なんとも魅力的な響きじゃないか。


「みんな、それぞれオリジナルの魔道具を持ってるって理解でいいのかな。」


「そういうことですね〜。」


俺のタブレットもこの世界じゃ、オリジナルの魔道具ってことになるわけだな。


「そういえば、さっき国って言ってたよね?この世界って、なんていうの?」


スキルのことばかり聴いて、肝心のことを聞いていなかった。


「おおっ、いいところにツッコミましたね。少し長くなりますけど構いませんか?」


「むしろ話せるところまで話してよ。よく考えたら転生した理由も聞いてないしさ。」


「はい!このミコエルにお任せください!」


どうやら大天使ミコエルはチュートリアルのために降臨されたようだ。

ミコエルから聞いた話を整理してみよう。


まず、俺が転生した世界は、地球ではない異世界『レミルメリカ』、神と人、そして人以外にも多数の種族が混在する世界。


どうやら地球と同じような環境らしいが、世界は6つの大陸に分かれているらしい。


それぞれの大陸には国があって、王様がいる。


各大陸を治めている国があり、お互いに交流している。

少しくらいの外交問題はあっても戦争とかはないらしい。


ちなみに、俺が今いる場所はハザマノセカイ。

本当は何もない場所らしいが、大天使が森林浴をしたいという理由だけで一時的にこの姿に変えているとのことだった。

ミコエルの力、やばくないか?


人々は固有のスキルを持っていて、魔法を使える。

魔法は、洗濯をしたり、掃除をしたりするために使う生活魔法と、火や風などを操り戦うために使われる戦闘魔法がある。

魔法には魔力が必要で、魔力の量は個人差がある。

魔法を使うことで少しずつ、魔力の量は底上げされていくらしい。


そして、魔法を暴走させた人や動物を『魔物』と呼ぶ。

魔法の暴走は、魔力が尽きているのに無理矢理魔法を使おうとした場合や、何かの事情で魔力が抑えられずに溢れ出てしまうことで起こるらしい。


そんな魔物たちを狩るための職業として冒険者がいる。

神もいるなら魔王もいる、エルフやドワーフまでいるらしい。


本当にどこにでも転がっていそうな王道の異世界ファンタジーものの設定だ。


「それで、ミコエルはなんで俺をこの世界に転生させたの?」


この流れなら俺は勇者として魔物、そして魔王を倒すことになるに違いない。

昔からド◯クエとか、聖◯伝説はやり込んでいたタイプだ。

勇者になりたいと思ったこともある。

ロ◯の剣みたいな伝説の装備とか手に入れて、チート能力でサクッと魔王を退治してハーレムライフとか送れちゃうのでは?

なんたって転生者だしな!


「いえ、ドイルさんにやって頂くことは特にありません。」


は?


「レミルメリカは時々魔物が出たりはしますが、基本的には平和なところですし、別にこちらから何かをお願いするようなことはありません。」


ええ?

どういうことなの!?


「じゃあ、なんで俺を転生させたの!?」


これから俺は強敵とのバトルを控えてるんじゃないの!?


「それはなんとな……いえ、そんなことないです!今のなし!ドイルさんにはすごく大きな役目を担ってもらうことになります!」


なんとなくって言おうとしたろ、この天使。

俺の表情を見て急に意見を変えてないか?


「一応、聞くけど、どんな役割?」


「えっと、それはほら、アレですよ。こう、困っている人を助けたり……とか。」


声が小さくなっていく。

嘘だ。

間違いなく嘘だ。


「もしかして、誰でもいいかなって理由なく転生させてしまって、罪悪感でタブレットとか準備してない?」


ドキッ


「そ、そんなことないですよ!」


「レアスキル渡しといたら困らないだろうし、いいかな〜とか思ってない?」


ドキドキッ


「ち、ちがいま……。」


「ほんとに?」


ミコエルの方を見ながら詰め寄っていく。


「こ、こわいですよ、ドイルさん。」


「まさか天使様が嘘なんかつかないですよね?」


「うっ。」


「ね?」


「ううっ。」


「ねっ?」


「ごめんなさい。」


簡単に折れた。

心なしか羽根も下を向いている気がする。


「違うんですよ、こっちから向こうの世界を覗いていたらなんだかすごく疲れた顔をしてパソコンに向かっているあなたの姿が見えたので、もう少し楽に暮らしてみたらいいんじゃないかな〜なんて思っていたら、急に異世界召喚の魔法が発動して、止められなくて、気がついた時にはもうこっちに来ちゃってたから急いで森を作ったりしてそれっぽい雰囲気を演出したり、意味もなくお祈りとかして大変だったんですよ。」


なんか途中から愚痴になってない?


すごい早口だし、あのお祈りはフェイクかよ。


「まあ、間違えたのなら仕方ないか。」


「え?怒らないんですか?」


「元の世界にすごく未練があるわけでもないしなあ。」


どうせ元の世界に戻ってもただの社畜だ。

それなら新しい世界でセカンドライフを満喫するのも悪くない。


「で、でもですね。こちらの世界はドイルさんの世界にあったボカロ丼と繋がっているんですよ!だからきっと楽しいはずです。」


「ボカロ丼と?」


「はい!この『レミルメリカ』は、実はボカロ丼を参考に私たちが創った世界なんです。」


ボカロ丼を参考に創った世界?

どういうことなんだ?


「えっと……」


「困りますよね、いきなりそんなこと言われても。この世界には先ほどお伝えした通り、色々な種族がいます。その中には神や魔王もいるとお伝えしたと思いますが、かつて私たちは力を合わせてこの世界を創造しました。」


世界を創るなんてマ〇ンク〇フトの世界だけだろうくらいに思っていたが、目の前でこんな話を聞くことになるとは思わなかったな。


「そして、私たちの力の一部を分け与え、人や動物、植物を創りました。ドイルさんの世界で言えば"創世記"に近い感じです。」


ジェネシス。勝手に頭の中で翻訳された。


読んだことはないが、ボカロ丼なら盛り上がる人が多そうな話題だ。


「世界を創ったことで、私たちは力を消耗しました。しかし、創造者である私たちは、最後まで皆を見守る義務がある。そこで、神や悪魔、魔王から精霊まで多くの者たちは、自らが創った世界で人や動物たちと共に暮らすことを選び、受肉しました。受肉すれば普通の人間と同じように生活できますし、寿命も人並みになりますので。」


そんな歴史があるのか。

よほど、自分たちが創った世界が好きだったんだな。

そういえば『ダ◯ジョンに出◯いを求めるのは◯違っているのだろうか』って作品にもあったな、そんな話。さすがオタク、すぐに何かのアニメと重ねようとする。

「ミコエルは?」


「私は天使のままでいいんですよ〜。」


「でも、ボカロ丼って、できてまだ2年くらいしか経ってないよね?こっちの世界もできてそのくらいなの?」


素朴な疑問だ。


「そこはほら、時間の流れが違いますから。あなたの元いた世界のボカロ丼は2年目を迎えたところですが、こちらでは1000年くらい経ってます。」


時間の流れがおかしい。

あれ?てことはミコエルって、こんなに可愛いけど、1000年以上生きて……。


「よからぬことを考えたら火刑にしちゃいますよ?」


「ごめんなさい。何にも考えてません!」


顔が笑ってない。

しかも火刑って、それ、ボカロ丼でクリスエスさんが絵に書いてたやつじゃん。

こっちの世界では現実になってるのかよ。


「そうですか?天使の勘は当たりますからね〜っ。」


天使の勘ってこわいな。


「そういえば、さっき、"私たち"って言ってたけど、この世界にはそんなにたくさん神や天使がいるの?」


話題を変えよう。


「そうですね、受肉されていない方たちも、わりといらっしゃいますけど、人間のことを好きな方が多かったので。最近は姿をあまりお見かけしていませんが、魔王れんぷすさんも、受肉を考えているって言ってましたね。」


「れんぷす?」


「魔王って言いますけど、闇の魔法が使えるっていうだけで、そんなにこわい方じゃないですよ。」


また知っている名前だ。たしか魔王様と呼ばれていた人がボカロ丼にいたはずだ。


「れんぷすって名前の人をボカロ丼で見たことがあったから。」


「う〜ん、れんぷすさんだけでなく、ボカロ丼にいる方々は皆さん『レミルメリカ』にいらっしゃいますよ?」


つながってるって、まさかそういうことなのか?


「おそらく、みなさん、元の世界とは別の方です。ですが、『レミルメリカ』はボカロ丼とつながった世界。ボカロ丼にいる方々のあり方は何かの形で世界に反映されているはずです。」


「よくわからないけど、ボカロ丼の人たちに今度はリアルで会えるってことだな。楽しみだ。」


俺はほとんどの人にはリアルで会ったことはない。

異世界でのボカロ丼オフ会なんて、体験できるのは俺くらいのものだろう。


「ドイルさん、あなたはレミルメリカで、ぜひ楽しい人生を送ってください。」


「そうさせてもらうよ、ミコエル様のご加護もあるわけだしね。」


そういってタブレットを掲げてみせる。


「そういえば、ミコエルは元いた世界のミコエルとは別人なの?」


興味本位で聞いてみる。

同一人物、いや同一の天使ならミコエルは世界を行き来できる能力の持ち主だ。

少し困ったような顔をして、ミコエルは言った。


「ひ・み・つです。」


かわいいなぁ、もう!!!


目の前にいるミコエルがボカロ丼にいたミコエルかどうかは確認できなかったが、俺は『レミルメリカ』を満喫して第二の人生を送ることになりそうだ。


「あと、いくつか確認しておきたいことがあるんだけど、構わないかな?」


とりあえず世界の大まかなことは把握したし、ボカロ丼にいる人たちがこちらの世界に別人としていることもわかった。

あとは、この世界を生きていくための知識が必要だ。


この世界の通貨はどうやら日本に合わせてくれているらしい。

円ではなく『イェン』という名前で、貨幣価値は日本と同じ。

銀行のような制度もあるとのことだった。


ちなみに、アイテムボックスにお金がまったく入っていなかったから、どこにあるのかを尋ねると、どうやら『ステータスウィンドウ』は別にあるとのことだった。


「タブレットのサーチボタンを押しながら『ステータス』と唱えてください。そうしたら、自分とサーチの範囲内にいる相手のステータスが目の前に表示されるはずです。」


面白い機能だ。


「『ステータス』」


視界の右下にウインドウが表示される。


ドイル

種族:人間

固有スキル:トランスモーフ

レベル:数値を指定してください

経験値:未入力

体力:数値を指定してください

魔力:数値を指定してください

攻撃:数値を指定してください

防御:数値を指定してください

敏捷:数値を指定してください

状態:数値を指定してください

待て、数値を指定ってなんだ?


「ミコエル。数値を指定してくださいって書いてあるんだけど。」


「レベル、出ませんか?」


何度見ても数値を指定しか出てきていない。


「いや、全部数値を指定してくださいになってるんだけど。」


自分で選べるとか、いくらなんでもチートが過ぎる。


「レベルは100が最大ですけど、たしか転生者は、最初にこの世界に来た時に勝手に設定されるはずなんですよね。」


本当に何も出ていない。


「これ、指定してみたらいい?」


「ちょっと待ってくださいね。詳しい方を呼びますので。」


ミコエルがそう言うと、ピンク色の羽根が淡く光りはじめる。


「あ、つながった。みこだよ――――――――!!!」


この天使、やっぱりボカロ丼にいる天使じゃないのか?


「あのね、今、例の転生者がいるんだけど、ステータスを開いたら、全部数値を指定してくださいって書いてあるらしくって、どうしたらいいか聞こうと思って。」


どうやらこの世界にはステータスの専門家がいるようだ。


「ううん、レベルだけじゃなくて、体力とか魔力もだと思う。うん、聞いてみるね。ドイルさん、レベル以外も全部ですか?」


「そうだね。攻撃、防御、全部が選べるようになってるみたい。」


「やっぱり全部みたいです。どうしますか?え?オープン回線?わかりました。切り替えますね。」


立て込んでいるところを見ると、俺の数値設定、バグなのかな。


「あ〜もしもし、ドイルくん?聞こえますか?」


頭の中に声が響いた。男性の声だ。

どこかで聞いたことがある気がする。


「これは『メッセージ』の魔法です。遠くに居ても一度お会いした方となら誰とでも簡単に話せるので便利なんですよ。今はオープン回線で私の近くにいる人はお話できるようにしてありますので、そのまましゃべってください。」


ミコエルの解説を聞いて、声を返す。


「はい、俺がドイルです。聞こえてます。」


「初めまして、TOMOKI++です。」


「TOMOKI++さん!?」



運営きちゃった。

どこかで聞いたことのある声だと思っていたら、そうか、オフ会でお会いしたんだよな。

あれ?でも、こっちの世界だと別人なんだっけ?


「『レミルメリカ』の運営をさせてもらってます。ステータスのシステム作ったの私なので、ちょっと確認させてもらいますね。」


「あ、よろしくお願いします。」


考えているうちにステータスウインドウに『外部アクセス』の文字が現れた。


「TOMOKI++さん、なんですよね?」


作業を気にしつつ質問をする。


「TOMOKI++ですよ。ドイルさん、何か聞きたいことでも?」


「すいません、ひとつだけ。えっと、ボカロ丼にいたTOMOKI++さんとは別の方なのですか?」


「ミコエルくんから説明があったかと思いますが、そうなりますね。」


「私が、この世界を創った神の一人です。運営の都合上、受肉はしていませんが、こうやって、何か不具合が生じた時に確認と必要に応じた修正を行っています。」


「TOMOKI++さんはスゴ腕なので、ステータスもすぐに見えるようになりまよ〜。」


「『トランスモーフ』は、この世界を創った時にからある創世のスキルの1つだから、その力は未知数だよ。ミコエルくん、君が渡したスキルなんだから、ちゃんと説明を……ふむ、そうか。ドイルくん、『トランスモーフ』の使い方は分かっているかな?」


創世のスキル?

この世界が出来たときからあるスキルをどうしてミコエルは俺みたいな転生者に気軽に渡してるんだよ。

なんだ、どうなるんだ?


「はい。最初にアクティベートした時に。」


心配しつつも正直答える。


「それなら話は早い。簡単に言えば、君の能力値はそのスキルによって決定される。だが、今のままでは値がエラーになっている。そこでだ。」


TOMOKI++さんが一呼吸おいて告げる。


「ミコエルくんに『トランスモーフ』を使いたまえ。」


「ミコエルに『トランスモーフ』を!?」


たしかに相手にダメージを与えるスキルではない。

でも、これは……


「私はいいですよ〜。困るようなことありませんし。」


ミコエルは軽く答える。


「そんな軽くていいんですか?だって『トランスモーフ』の力は『契約した相手のスキルと能力を一定時間コピーする』なんですよ?」


ミコエルのスキルと能力をコピーできるなら、それは願ってもないことだが。

しかし、先ほどまでの話だと、ミコエルは大天使やTOMOKI++さんは神、この世界を創るほどの力の持ち主だ。

そんな力を一個人がコピーしていいとは思えない。

バランスブレイカーもいいところだ。


「私の力も全盛期ほどじゃないですから、大したことありませんよ〜?」


ミコエルは楽しそうに笑っている。


「持ち物を見る限り、ドイルくん自身の契約書はあるけどステータスの記載がない。数値を選ぶようになっている。でも、今のまま『レミルメリカ』に行くと数値がどう設定されるか分からないからね。最悪、全ての数値が0なんてことも……。」


TOMOKI++さん、意外に容赦ない。

でも、運営が言うってことは本当にありうるわけだ。

ここは恩恵にあずかるしかない。


「分かりました。ミコエルさんのスキルと能力、お借りします!」


「どうぞ、どうぞ〜。」


語尾に音符でもつきそうなくらいの軽さで大天使からの許可が下りた。


「では、いきます。」


アイテムボックスを開き、ドイルの契約書を使用する。


…………

ドイルの契約書の起動を確認しました。

スキル『トランスモーフ』を起動します。

……………


タブレットの画面が光を放つ。


…………

スキル『トランスモーフ』が発動されました。

対象を選んでください。

▼大天使ミコエル

運営神TOMOKI++

……………


TOMOKI++さん、運営神なのか。

ここでミコエルを選べばいいんだな。


…………

対象が選択されました。

白紙の契約書を使用します。

白紙の契約書は『大天使ミコエルの契約書』になりました。

……………


タブレットの光が収まる。


「成功したみたいだね。ミコエルくん、何か異常はあるかい?」


TOMOKI++さんの声が響いた。


「いえいえ〜、私のステータスウインドウに、ドイルさんと契約しましたって表示されたくらいですね。」


「『トランスモーフ』を見るのは久しぶりだったから忘れてたいたけど、このスキルは一度契約した相手が生きている間は永続的に有効だからね。」


そうなのか。知らなかった。

TOMOKI++さんは運営だけあって詳しい。

ミコエルは受肉していないし、1000年単位で生きているのだから、もう俺が死ぬまでは有効だと思っていいな。


「さあ、ドイルくん。ミコエルの契約書を使ってみてくれ。」


「分かりました。」


……………

アイテムボックス(1502/∞)

ドイルの契約書 1

大天使ミコエルの契約書1

白紙の契約書1499

封印の鍵1

……………


おお、増えてる。

契約が完了すると白紙がその対象の名前に変わるのか。

さて、使ってみよう。


……………

大天使ミコエルの契約書を使用しました。

……………


身体に変化を感じる。

すごく身体が軽くて、身体の内側から何かが湧き上がってくる。


「では、その状態でステータスウインドウを開いてくれたまえ。」


TOMOKI++さんの指示で、ステータスを開く。


ドイル

種族:人間

固有スキル:トランスモーフ、大天使の加護

レベル:90

経験値:34994113

体力:6000

魔力:9999

攻撃:1200

防御:5700

敏捷:7500

状態:自動魔力回復、魔法無効(光)、闇魔法効果上昇


「これがミコエルの力……」


「無事に表示されたようだね。どうかな?大天使の力。」


TOMOKI++さんも外部アクセスで確認していたようだ。


「このパラメーター9999が最大値ですよね?魔力が桁違いなんですけど。」


しかも自動魔力回復とかついてるし。


「世界創世で、レベルの消失が起こってしまったんですけど、私は魔法をメインで使う天使なのです。」


ミコエルが再びドヤ顔を見せる。


ん?闇魔法効果上昇?

ミコエル、天使なのに闇魔法の効果が上がるの?


「ドイルさん、何か言いたいことでも?」


顔が笑ってない。

天使の勘なんてスキルはないのに!

闇魔法にはもう触れない方が良さそうだ。


「すごいステータスだなって思いましてね。」


明らかに棒読みになった。


「魔力は潤沢ですし、このくらいの強さがあれば、"レミルメリカ"では困らないでしょうから、問題ないですね。」


外部アクセスの文字が消えた。TOMOKI++さんがリンクを切ったのだろう。


「えっと、"大天使の加護"ってどういうスキルなんですか?」


トランスモーフでは、コピーした相手のスキルの解説まではしてくれない。


「"大天使の加護"は『あらゆる魔法の発動時間を0にする』という詠唱時間短縮と『一定時間あらゆる災悪から身を守る無敵状態になる』という守りの効果、そして付随効果として『ミコエル教の信徒から力をもらえる』という特典がついてます。」


強っ。魔法撃ち放題なのに、自分だけ無敵とか何をしたいんだよ。


「そこはほら、大天使なので。」


そういう問題?

神とか天使って、もしかしてこういう最強クラスのスキルばかり持ってるのか?


「ありがたく使わせてもらいたいんですけど、ミコエル教の信徒からの力って何ですか?」

ボカロ丼にいためたさんのような人のことかな、信徒って。


「ミコエル教は『レミルメリカ』で最大の宗教ですよ、ドイルくん。」


まじかよ……

TOMOKI++さんがミコエル教について説明してくれるようだ。


「ミコエル教は"大天使ミコエルの降臨"を信じる宗教でね、ドイルくんの元いた世界ならキリスト教が一番近いかもしれない。大天使ミコエルを讃えるお祭りがあったり、神殿やタワーも建設されている。最近では、そういった建造物を建てるための製鉄所すら信徒によって作られたそうだよ。」


材料まで自作かよ……

ミコエルはニコニコしながら聞いている。

降臨を信じるというか、今目の前にいるとか言ったら信徒が暴動起こしそうだ。

これ、青い鳥に書いたら炎上するな。


「ところで、信徒からは具体的にどんな力が得られるの?」


「死にません。」


「は?」


「信者の方がいれば、私は何度でも復活します。大天使ですから。」


いやいやいや、どう考えてもおかしいだろ。


「白紙の契約書もたくさんあるから、色々な人と契約してみるといいよ。しばらくはミコエルの力を使っていれば生活には困らないはずだから。」


TOMOKI++さんは笑いながら軽く言っているが、俺も死なないの?

ミコエル教の信徒でもないのに?

これは、人間の持ってていい力じゃなくないか?

いっそ、俺もミコエル教に入信した方がいいのでは?

いきなり崇拝の対象に会ってしまったら、入信しても仕方がないのではない。

それに、可愛いは正義だ。

しかし、向こうではミコエル教のことは優先的に情報を集めておかないといけないな。


「さて、ドイルくんへの案内はこんなところかな?ミコエルくんもそろそろ移動しないと、まきのくんが呼んでいたよ。」


まきエルが?なんだろ〜?」


「それは本人に聞いてくれ。先ほどから熱心にミコエルくんを探しているよ。」


またしてもどこかで聞いた名前だ。

確か、ボカロ丼では、フミトさんやミコエルと合作をしていた人だ。

エターナル?エトワール?

……タイトルが思い出せないが、いつか会うことになるかもしれないな。


「じゃあ、ドイルさん。ハザマノセカイの出口はここから少し先に行ったところに作っておくので、『レミルメリカ』を楽しんでくださいね。何かあったらいつでもお呼びください。」


天使の笑顔だ。

いや、天使なのだが。


「ありがとう。あまり迷惑をかけないように気をつけるよ。」


「それでは、また近いうちに〜!」


ミコエルは羽根を羽ばたかせ、空中に浮いたかと思うと、光の粒子を残して一瞬で消えてしまった。

チュートリアルもそろそろ終わりか。


「さて、メッセージはまだ切れていませんね。ドイルくん、運営として君のことは定期的に確認しに行きます。向こうで何をするのも自由ですが、犯罪行為は駄目ですよ。」


さすがは運営だ。


「さすがにそんなことしませんよ。」


神に監視されていると分かっていてそんなことをするバカはいないだろう。

むしろ、止める側に回りそうだ。


「ドイルくんを信じています。あと、ミコエルくんではないけど、僕からの餞別も渡しておいたから受け取ってくれたまえ。」


気づかないうちに何かを仕込まれていたらしい。

運営、おそるべし。


「わかりました。今後ともよろしくお願いします。」


社畜のクセが抜けないのか、会社の営業先にするように頭を下げてしまった。


「では、ドイルくん、また近い内に。」


そう言って意外にもあっさりとメッセージは切れたのだった。

俺はTOMOKI++さんからの餞別を探す。

何か変わったらNEWのマークとかついてくれたら嬉しいんだけどな。

あ、見つけた。


ドイル

種族:人間

固有スキル:トランスモーフ、大天使の加護

レベル:90

経験値:34994113

所持金:100,000,000イェン

体力:6000

魔力:9999

攻撃:1200

防御:5700

敏捷:7500

状態:自動魔力回復、魔法無効(光)、闇魔法効果上昇


……………

アイテムボックス(1503/∞)

ドイルの契約書 1

ミコエルの契約書1

TOMOKI++の契約書1

白紙の契約書1498

封印の鍵1

子どもでもよくわかる魔法(使い切り)1

……………


たしかに神運営だった。

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(VOCALODONロゴマーク)

 
 
 

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